ノアの箱舟と大洪水~主は彼のうしろの戸を閉ざされた

2022年の私の目標の一つは、この一年間で聖書全巻の通読をすることです。ちょうど年初から創世記を読み始めていますが、その中で私の心を捉え続けている言葉があります。創世記7章16節「主は彼のうしろの戸を閉ざされた」です。

創世記7章1~16節

“主はノアに言われた。「あなたとあなたの全家は、箱舟に入りなさい。この世代の中にあって、あなたがわたしの前に正しいことが分かったからである。あなたは、すべてのきよい動物の中から雄と雌を七つがいずつ、きよくない動物の中から雄と雌を一つがいずつ、また空の鳥の中からも雄と雌を七つがいずつ取りなさい。それらの種類が全地の面で生き残るためである。あと七日たつと、わたしは、地の上に四十日四十夜、雨を降らせ、わたしが造ったすべての生けるものを大地の面から消し去る。」

ノアは、すべて主が彼に命じられたとおりにした。ノアは六百歳であったが、そのときに大洪水が起こり、大水は地の上にあった。ノアは息子たちや自分の妻、それに息子たちの妻とともに、大洪水の大水を避けるために箱舟に入った。きよい動物、きよくない動物、鳥、地面を這うすべてのものの中から、雄と雌がつがいになって箱舟の中のノアのところにやって来た。神がノアに命じられたとおりであった。

七日たつと、大洪水の大水が地の上に生じた。ノアの生涯の六百年目の第二の月の十七日、その日に、大いなる淵の源がことごとく裂け、天の水門が開かれた。大雨は四十日四十夜、地に降り続いた。ちょうどその日に、ノアは、息子たちのセム、ハム、ヤフェテ、またノアの妻と、息子たちの三人の妻とともに、箱舟に入った。彼らとともに、種類ごとにあらゆる獣、種類ごとにあらゆる家畜、種類ごとにあらゆる地の上を這うものと、種類ごとにあらゆる飛ぶもの、鳥や翼のあるものすべてが箱舟に入った。こうして、いのちの息のあるすべての肉なるものが、二匹ずつノアのいる箱舟の中に入った。

入ったものは、すべての肉なるものの雄と雌であった。それらは、神がノアに命じられたとおりに入った。それから、主は彼のうしろの戸を閉ざされた。”

創世記 7章1~16節、聖書 新改訳2017

大洪水の裁きへの神の思い

当時、堕天使と人との雑婚によってネフィリムという超人が誕生し、彼らによって地上は回復不可能なほど汚されました。それで神は、大洪水をもたらしてあらゆる被造物を一掃し、忠実なノアの家族から新たな人類の歴史をスタートさせることを決断されたのです。その決断は、他の誰よりも、創造主である神ご自身にとって悲痛なものだったでしょう。全能の力をふるい、六日間をかけて創造し、「非常に良い」と自ら宣言をした地上の創造物を、水に沈めざるを得なかったからです。

この記事を書きながら、天国体験をしたある人の証を思い出しました。彼は、主の導きによって天国へ案内されましたが、その時に神が、聖書の歴史をその人の前で振り返っていました。大洪水の話になった時、主は「私は、あの世代を良しとはしませんでした」と言われ、大きく泣き出したのです。主は、まるで「赤ちゃんのように」当時のことを振り返って泣いているのを、その人は見たのです。

神には、私たち人間と同じように感情があるのです。というよりは、神様に感情があるので、「神のかたち」に造られている私たち人間にも感情があるのです。大洪水をもたらすと決断した時、聖書には書かれていませんが、主の心には激痛があったのです。

しかし神は、神であるがゆえに、そのような感情によってご自身の正義の規準を曲げることはしません。もし神がそのように自身の感情に振り回されるお方なら、天地の万物が今のように秩序立って支えられることを期待することはできません。太陽がいつも、東から必ず昇ることを期待することはできません。神は感情を持っておられますが、一方、ご自身の約束と義の規準に対しても、どこまでも忠実なお方なのです。ハレルヤ!だからこそ、イエスを信じた者に、罪の赦しと救いが与えられることもまた、同じように確かなことなのです。

ノアの救い

「あなたとあなたの全家は、箱舟に入りなさい。この世代の中にあって、あなたがわたしの前に正しいことが分かったからである。」(創世記7:1)

神は、ノアに箱舟を作るよう命令なさいました。ノアは、神が命令した通りに、忠実にその箱舟を建造しました。そして、ノアが600歳の時、箱舟は完成し、神は、地上のあらゆる動物と共に、ノアの家族に箱舟に入るよう命じました。なぜ、ノアだけが、その箱舟に入ることができたのでしょうか?神はその理由を、「あなたがわたしの前に正しいことが分かったからである」と語っておられます。

天地の造り主である神によって「正しい者」と見做される、これほど重要なことは、私たちの人生において、他にありません。あなたが自分の人生において、大切にしていることとはどんなことでしょうか?誰にも、何を大切にするかを決める権利があります。神は私たち人間に自由意志を与えたからです。しかし、もしあなたが、神の前で「正しい者」とされることを大切に考えていないのであれば、あなたの人生の末路は、あの大洪水で滅ぼされた人のようになると聖書は語っています。これは重要な警告なのです。

主は彼のうしろの戸を閉ざされた

ノアと彼の家族は、「信仰」によって、箱舟に入りました。その信仰によって、彼は大洪水からの救いを得たのです。では、彼が箱舟に入った後、その箱舟の戸はどうなったでしょうか?それを閉めたのは、ノアではありませんでした。彼が箱舟に入った後、後ろを見ると、その扉は人間の手によらず、神の手によって超自然的に閉じられたのです。それが、「主は彼のうしろの戸を閉ざされた」という意味であり、その一言に、あまりにも深い意味が込められていることを、私たちは知る必要があります。

主がノアの後ろの戸を閉じられた時、ノアにとっては、大洪水からの救いが決定されたことを意味しました。そして、箱舟に乗らなかった人々にとっては、それは永遠の滅びが確定したことを意味しました。主なる神は、救いの門です。主だけが、その門を開ける権威を持っており、またそれを閉じる権威を持っています。「彼が開くと、だれも閉じることがなく、彼が閉じると、だれも開くことがない。」(黙示録3:7)とある通りです。

一度、主なる神が戸を閉じてからは、もう手遅れでした。当時の多くの人々は、後悔したことでしょう。「ノアの警告は本当だった。私たちは、彼の語ることに耳を傾けて、箱舟に入っておくべきだった。」しかし、あとになってどのように後悔しても、もう手遅れでした。なぜなら、主はすでに、箱舟の戸を閉められたからです。これが、「主は戸を閉められた」ということの意味です。

この中に、自分の人生を自分のタイミングで始めて、自分のタイミングで終わらせる権限を持っている人はいるでしょうか?そのような人は一人もいません。私たちの人生に命の息を与え、それを始められたのは主であり、私たちから命の息を取り去り、それを終わらせるのも主です。だから聖書には、「わたしははじめであり、終わりである」と書かれているのです。

神が、あなたの人生の戸を閉める時、あなたの人生の永遠が確定されます。あなたは永遠に神と共に愛と喜びに満ちた人生を歩むようになるか、永遠に神から離れて闇の中を歩むようになるか、そのどちらかです。

キリストの再臨

ノアの大洪水で起きた出来事は、将来に地上に必ず起こる神の裁きを預言的に現すものでした。もっとも、神は再び「大洪水」によって裁くことはしません。しかし、復活して天にあげられたイエスキリストが再び地上に来る時に、神は火をもってこの世界を裁くのです。かつてノアの大洪水が全地球規模的なものであったのと同じように、イエスの再臨によっておこる裁きもまた、全地球規模的なものになるでしょう。

「ただし、その日、その時がいつなのかは、だれも知りません。天の御使いたちも子も知りません。ただ父だけが知っておられます。37人の子の到来はノアの日と同じように実現するのです。38洪水前の日々にはノアが箱舟に入るその日まで、人々は食べたり飲んだり、めとったり嫁いだりしていました。39洪水が来て、すべての人をさらってしまうまで、彼らには分かりませんでした。人の子の到来もそのように実現するのです。」(マタイ24:36~39)

その日、その時、というのは、主が裁きのために地上にやってくる時です。その時の光景について、主イエスは次のように預言しています。

「そうした苦難の日々の後、ただちに太陽は暗くなり、月は光を放たなくなり、星は天から落ち、天のもろもろの力は揺り動かされます。30そのとき、人の子のしるしが天に現れます。そのとき、地のすべての部族は胸をたたいて悲しみ、人の子が天の雲のうちに、偉大な力と栄光とともに来るのを見るのです。」(マタイ24:29~30)

なぜ、「地のすべての部族は胸をたたいて悲し」むのでしょうか?なぜならその時には、すでにもう手遅れであることを悟るからです。すでに「主が戸を閉められた後」であることを悟るからです。

真の箱舟への招き

今、あなたがこの記事を読んでいるのなら、それは主があなたに対して、まだ戸を閉じておられないことを意味しています。すでに箱舟の中に入っておられるのなら、それほど幸いなことはありません。その箱舟とは、目に見える建造物としての箱舟ではなく、イエス・キリストという真の箱舟(The True Ark)のことです。その中に、留まって下さい。せっかくエジプトを脱出したのに戻ろうとして荒野で死に絶えたようなイスラエル人になってはいけません。せっかくソドムとゴモラを脱出したのに、振り返って塩の柱となったロトの妻のようになってはいけません。むしろ、信仰の完成者であるイエス・キリストから目を離さないでいましょう。(ヘブル12:2)

あなたが、まだ箱舟に入っていないのであれば、あなたにはまだ入るチャンスが残されています。聖書はそれを、「恵みの日」と呼んでいます。その恵みの日と機会をおろそかにせずに、イエス・キリストの中に入ることを真剣に思いめぐらすよう、神はあなたを招いています。主があなたの人生の戸を閉める前に、あなたが神の救いの中に入ることができますように。

神は言われます。「恵みの時に、わたしはあなたに答え、救いの日に、あなたを助ける。」見よ、今は恵みの時、今は救いの日です。(第二コリント6:2)

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