9. 善行について―施しは隠れて行う|山上の垂訓の解説

【善行・施しについて】 山上の垂訓の解説(8)

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施しについて マタイ6:1-4

1 人に見せるために人前で善行をしないように気をつけなさい。そうでないと、天におられるあなたがたの父から、報いが受けられません。2 だから、施しをするときには、人にほめられたくて会堂や通りで施しをする偽善者たちのように、自分の前でラッパを吹いてはいけません。まことに、あなたがたに告げます。彼らはすでに自分の報いを受け取っているのです。

3 あなたは、施しをするとき、右の手のしていることを左の手に知られないようにしなさい。4 あなたの施しが隠れているためです。そうすれば、隠れた所で見ておられるあなたの父が、あなたに報いてくださいます。

人に見せるための善行をするな

1 人に見せるために人前で善行をしないように気をつけなさい。そうでないと、天におられるあなたがたの父から、報いが受けられません。2 だから、施しをするときには、人にほめられたくて会堂や通りで施しをする偽善者たちのように、自分の前でラッパを吹いてはいけません。まことに、あなたがたに告げます。彼らはすでに自分の報いを受け取っているのです。

ここでイエスは、「人に見せるための善行」を戒めている。なぜならそのような善行は、神や人への愛ではなく、自分への愛に基づく利己的なものだからである。確かに人に見せるように善を行えば、それを見ている周りの人から賞賛を受けるだろう。しかし、その代わりに、善い行いに対する天の神からの報いを期待することは、決してできない。

善行の一例としては、「施し」が挙げられる。当時のエルサレムの神殿内には、13の献金箱が置かれていたが、パリサイ人たちの中には、多額の献金をする際に、あえて人々の注目を集めるためにラッパを吹き鳴らしながら献金箱に近づき、これみよがしにお金を投げ込む者たちがいた。

確かに彼らは人々から賞賛されただろうが、利己的な動機でそれを行い、目に見える賞賛という報いを受け取ってしまったため、神からの報いは無かったのである。

施しは隠れて行う

3 あなたは、施しをするとき、右の手のしていることを左の手に知られないようにしなさい。4 あなたの施しが隠れているためです。そうすれば、隠れた所で見ておられるあなたの父が、あなたに報いてくださいます。

そこでイエスは、「施しをするとき、右の手のしていることを左の手に知られないように」という教訓を与えた。イエスの言われた言葉の真意は、善行を行う時は、人に知られないように、ひっそりと行え、ということである。その理由は、人からの賞賛が受けなければ、ひそかな場所から見ている天の父からの報いが大きくなるからである。また、人からの賞賛を求めずに行う善行は、清いものだからである。

私たちは、普段の生活の中で、善いことをする時に、その善行を人から褒められたい、という衝動に駆られる時がないだろうか?確かに、人から褒められるのは気持ちの良いものであるが、そういう動機に身を任せていては、すぐに心は不純になる。イエスは常に、私たちの心の状態を問題にしている。善行はいつでも、純粋な動機で行うべきである。

最後に、天の父からの報いについて知っておかなければならない。父からの報いは、地上生涯で受ける場合もあるが、より完全な報いは、死後の世界で受けることになる。その時私たちは、地上生涯において正しい動機で行った一つ一つの行為が、いかに尊い価値を持つものであったかを、はっきり理解することになる。

父からの報いは、極めて偉大なものである。今生きている間に、その本当の価値に気付き、真の愛によって善行を積む者は幸いである。

韓国の牧師「パク・ヨンギュ」が天国で見た自分の家

1987年、朴永固(パク・ヨンギュ)牧師は高血圧で死んだ。しかし、神様の恵みによって、彼の命は20年延ばされた。彼が生き返ったのは50歳の頃であり、最初の4年間は、容態が悪かったため、話すことができなかった。彼は死の中で、神様に天国と地獄を見せられた。
以下、彼の証言の一部をご紹介する。

私は、5千人の信徒を持つメガチャーチの牧師でした。しかし、私自身の傲慢によって、神に撃たれたのです。今、私は神を畏れます。(ヤコブ4:1)私はかつて1億5千万ドルの財産と5台の高級車を所有していました。しかし、死を体験した後、全て他人に与えました。覚えておいてください。救いは、所有する財産ではなく、信仰によるものです。

天国で見た自分の家

朴氏は天国で、地上での善行によって、素晴らしい天の家を建てた多くのクリスチャンを見た。そして最後に、建設中だった自分の家を見る機会を与えられた。その時の天使と朴氏の会話をご紹介する。

私は天使にたずねました。「私の家はどうでしょうか?まだ建築中なのですか?」天使は答えて言いました。「はい、その通りです。」見せてほしいと頼みましたが、天使達は許してくれません。どうしてもとしつこく頼んでいるうちに、主の許可が下りました。

私達は馬車に乗って、とても遠い所へ移動しました。私は期待で胸が高まりました。「私の家はどこですか?」天使が言いました。「あちらです!」何と、そこにあるのは土台だけでした。しかも、建て始めたばかりだったのです。私は泣き出してしまいました。「これは一体どういうことですか?どうして私の家は土台しかできてないのですか?内戦(朝鮮戦争)を生き延びて、唯一残った家を売り払って、教会を建てました。5 千名の信徒を持つ大教会に成長したのですよ。聖霊の導きを受けて、たくさんの本を書きました。ベストセラーになった本もあります。本で得た収益は、神学校の建設に用いました。神学校を出た牧師は240 名にものぼります。学長であった時は、4 百名以上の貧しい子どもたちに奨学金を与えました。身寄りのない未亡人のために家を建てました。本当にたくさんのお金を使ったのですよ。それなのに、私の家はこんなものですか?土台が建ったばかりとは、どういうことですか?私は理解できません!」

天使は厳しい口調で言いました。「あなたには、立派な家はふさわしくありません。数え切れないほどの栄誉を受けてきたでしょう。良いことをするたびに、人々から賞賛されてきたでしょう。メディアからも賞賛されたでしょう。あなたはその報いをすでに世で受けてしまったのです。」(マタイ6:1)

「天国と地獄」 朴永固(パク・ヨンギュ)牧師  より引用
www.DivineRevelations.info/JAPAN
www.DivineRevelations.info/PARK

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