Halloween ハロウィンの真実とは何か?悪魔崇拝 最大の祝祭を暴露する
今年もハロウィーンの時期がやってきた。街を歩けば至るところにハロウィンを象徴するカボチャが置かれ、人々はハロウィンでの仮装パーティーを心待ちにしている。
日本では、特にここ数年間で急な盛り上がりを見せるようになったハロウィンだが、ほとんどの日本人は、浮かれ騒ぎに没頭する一方で、この祝祭の本当の意味を知らない。
そこで本記事では、各々の読者が、適切な知識に基いて、ハロウィンへの参加の可否を判断することができるよう、その祝祭に隠された悪魔的な起源や意図を明らかにしていきたい。
ハロウィンの起源:古代ケルト人のサーウィン祭
ハロウィン、あるいはハロウィーン(英:Halloween)は、元々は古代ケルト人の宗教的な祝祭と儀式(ドルイド信仰)に、その起源を持っている。現在は、「ハロウィーン」という名前で通っているが、この祝祭の元々の名前は、「サーウィン祭(サムハイン)」だった。
ドルイド信仰においては、新年の始まりは11月1日とされ、古い年と新たな年の境目となる10月31日は、彼らにとって聖なる日とされた。そしてその日には、三次元の私たちの世界と、四次元の心霊世界との幕が引き上げられ、死者の霊が、この世とあの世との間を自由に行き来できると考えられていた。
しかし、いたずら好きの霊魂は、疑うことを知らない人間たちに悪さをしようと活発に動き回るので、暗くなってから旅をすることは薦められなかった。また、人々は、そうした悪さをする霊魂を騙すために仮装をするようになり、幽霊のような白い衣や、魔女やゾンビなどをはじめとする、様々な種類の悪霊的な衣装で身を装うようになった。
以上が、ハロウィーンについて、一般的に信じられている概要だ。
カトリックによってキリスト教化され、万聖節の前夜祭となる
古代ケルト人の習慣であったハロウィンが、現代にまで続いた最大の要因は、この祝祭が、キリスト教の習慣と混ざり、カトリックによって公に認められてきたことにある。
ローマカトリックの教皇は、異教徒を改宗させるための最良のアプローチ方法は、既存の異教徒の祝日や慣習を廃止させることではなく、それらの習慣をキリスト教化して存続させることだと考えた。
そこで、西方教会のボニファチウス4世は、 609年に、11月1日を万聖節(諸聖人の日、全殉教者の祝日)として祝祭に記念し、その前夜の10月31日の夜を、アイルランド人の習慣に基いて、「前夜祭」(Hallow Eve:神聖な前夜の意味)として定めた。
こうして、古代ケルト人の伝統の多くは消えることなく、前夜祭を意味する「ハロウィーン」という名前で残り続けることになった。
ケルト人のドルイド信仰~恐怖の悪魔的儀式の実態
これまでで、ざっとハロウィーンの概要を確認したところで、いよいよケルト人のドルイド信仰の実態について明らかにしていこう。
また、これから紹介する記事の内容は、上記の動画の内容の要約ともなっているので、記事と合わせてご覧いただくことをお勧めする。
サーウィンはニムロデ、死神の象徴
サーウィン(Samhi)とは、オカルトの世界では、死神を象徴する言葉であり、ニムロデ(Nimrod)の別名だ。ニムロデとは、旧約聖書の創世記に登場する人物で、人類で初めて世界統一を試みた人間であり、神への反逆を象徴する存在となっている。(創世記10~11章)
このニムロデは、オカルトの世界では歴史的に悪魔(悪の神)として崇められてきており、他にも二本の角を持つ角神や、「バアル Baal」や「ベル Bel」などの偶像神として崇拝されたりする。
つまり、サーウィン祭とは、ドルイド信仰における悪魔を祝うための祝祭なのだ。
ハロウィンで行われた儀式―アップルボビングの由来
サーウィン祭で、ドルイドの祭司たちが行っていた極悪の人身供犠とは、一体どんなものだったのだろうか?その恐怖の実態を紹介していく
(1)ハロウィンの夜になると、彼らは巨石のストーン・サークルに集合した。イギリスにある有名な遺跡、ストーンヘンジは、その代表的なものであり、かつてはドルイドが人身供犠で用いていたものだと考えられている。
ストーンヘンジが造られた目的は三つあり、第一は神殿、第二は天文台、第三は人身供犠だった。考古学者の発掘調査によると、ストーンヘンジの地中からは、4000人以上の人骨が発見されており、そこが人身供犠の場であったことを示唆している。
(2)ストーン・サークルに集まると、彼らは巨大な黒い鍋を、「アップルサイダー」のような液体で埋め、鍋に火をつけた。
(3)次に、ドルイドの祭司たちは、田舎に出向いていき、大邸宅からお城まで訪れ、貴族の家系を回りながら、それぞれ家の玄関の前で、「トリック・オア・トリート」(Trick or Treat)と声をかけていった。
この言葉は、人々に恐怖を与える儀式の合言葉であり、声がかかった場合は、その家族か召使の誰かを、その晩に行われるドルイドの生贄に捧げなければならなかった。
人質が提供されると、ドルイドは褒美として、切り抜いたパンプキンの中に人肉を詰め、玄関の前に置いて灯した。これによって、その家の人々は、その晩解放される悪魔から守られることになったという。
拒否した場合は、彼らは引きずり回していた死体の血を用い、玄関のドアに六芒星とその周りを囲む円を描き、呪いをかけた。(六芒星とは、ラテン語の6からくるヘクサグラムであり、オカルトのシンボルとしてよく用いられるものだ)
そして、呪いをかけられた家では、誰かがその呪いで死ぬことになった。
(4)4~5時間後、ドルイドの祭司たちは、このストーン・サークルに戻り、捕らえた人間を、「ウィッカーマン」という名の、人間の形をした編み細工の檻に入れた。
ウィッカーマンは、高さが7~9メートルにもなる巨大な編み細工の檻だが、その目的は、最終的に捕らえた人間たちを、人身供犠のために、生きたまま火あぶりにするためのものだった。
(5)次にドルイドは、生贄となる12人を連れてきて、熱しておいた鍋の前に一列に並ばせた。そして、りんごを見せて鍋の中に入れて、こう言った。
「もし一度目にりんごを歯でくわえて鍋から取り出せば、すぐにその場で自由にしてやる」
捕らえた人々は、一発目に成功すれば、自由になることができたが、挑戦しなければ、すぐにその場で斬首される運命であった。しかし、たとえこのリクエストに挑戦したとしても、挑戦者には過酷な運命が待っていた。
挑戦者が、実際にりんごをくわえようとすると、沸騰した鍋の液体が顔や身体にかかったため、大抵は、身体が溶けて二度と見られない姿になった。また多くの場合、眼球が焼けて、盲目になったり、外耳道を破壊され、耳が聞こえなくなったり、呼吸器官がやられ、話すにも困難になった。
以上が、ハロウィーンで行われている「アップルボビング」というゲームの恐るべき起源だ。
悪魔は実在する?~元魔術の祭司、ジョン・ラミレス氏の体験談
一般的に文化的な行事は、何らかの宗教的な儀式にその起源を持つ場合が多いが、大抵は、それぞれの土地の文化となり、徐々にその宗教的な意味を失っていく場合が多い。では、ハロウィンの場合はどうだろうか?
ハロウィンが持つその悪魔的な意義は、毎年の仮装の盛り上がりを見る限り、今日においても全く陰りを見せていないようだ。
とはいえ、聖書に馴染のない多くの日本人にとっては、そもそも悪魔が実在するかどうかもわからないかもしれない。そこで、元高位の魔術の祭司で、悪霊の世界を熟知している、ジョン・ラミレス氏の証を紹介したい。
悪魔の世界を熟知するラミレス氏の証言
ジョン・ラミレス氏は、幼少期からおよそ25年間に渡り、悪魔崇拝を中心とするオカルトに深く携わり、現役時代は、ニューヨークで三本の指に入るほどの、高位の魔術師となっていた。
彼は魔術を通して、日常的に悪霊たちと会話をし、人を呪い殺すほどの強力な力を彼らから得ていた。また、人の隠し事を言い当てたり、近い未来に起きる事柄を占ったりすることもできた。(実際には、霊的な力の源は悪霊だった)
ところが、ある日ラミレス氏は、自分が仕えてきた悪霊から殺されそうになった時、イエス・キリストの超自然的な介入よって命を助けられた。そしてその出来事がキッカケとなり、彼はキリストの十字架の愛と偉大さを身をもって知り、悔い改めて、クリスチャンの伝道者として生きるようになった。
今彼は、自身の経験をフルに活かし、悪魔が人々をどんな方法で欺いているのかを、様々なメディアを通して暴露している。そして、ハロウィーンについても、その危険性を警告している。
ハロウィンは、魔術師にとって最も重要な祭典である
ラミレス氏の証言によれば、ハロウィンは、悪魔にとって最大の祝祭であり、その祝祭の根本的な意義は、「悪魔にひれ伏して祝う」ことだという。つまり、悪魔を最高に喜ばせるイベントが、ハロウィーンなのだ。
実際にラミレス氏は、魔術師として現役だったある日、悪魔が彼に、このように語りかけるのを聞いたと証言している。
「皆が衣装を着て、私の祝日のハロウィーンを祝うのが嬉しい」
悪魔主義者たちは、一年の内で、最大の呪いを、この日にかける習慣があり、その目的は、「盗み、殺し、滅ぼす」ことだ。(ヨハネ10:10)ラミレス氏自身も、魔術師時代は、毎年のこの時期になると、呪いをかけるための周到な準備を数週間前から行っていたようだ。
さらに、魔術によって呪いをかけるためには、血が必要となるため、毎年のハロウィンの時期は、誘拐されてきた多くの子供たちや大人が、犠牲として殺される。つまり、今日においても、ドルイドの儀式に始まったその残虐な実体は、全く変わっていないのだ。
今日におけるハロウィン~仮装やかぼちゃに隠された悪霊的な意義?
川を支配する悪霊を象徴するかぼちゃ
ラミレス氏の証言によれば、ハロウィンで家や店の前に置くかぼちゃは、川を支配する悪霊を象徴しており、サンテリア(オカルトの一種)では、「オチュン」という名で知られている。そして、このかぼちゃをドアに置くならば、悪霊がかぼちゃを通して働き、家に入ってくるのだという。
世間一般のハロウィンの伝承では、このかぼちゃは悪霊の侵入を防ぐためと考えられているが、実際はその真逆であるようだ。
ハロウィーンの仮装は、悪魔と同化することを意味する
ハロウィンで盛大に行われる仮装は、一般の伝承によれば、本来悪い霊から身を守る目的で、それらの霊を欺くために、行われるようになったとされている。そのような背景から、ハロウィンの仮装のコスチュームは、魔女、ゾンビ、幽霊など、悪魔的な世界を連想させるものがほとんどだ。
ラミレス氏の証言によれば、仮装をする人は、本来自分が持っている自己認識を薄めるか失うことになり、そこへ悪魔と同化する仮装をすることによって、悪霊と同化するのだと言う。確かに、ハロウイーンで悪魔やゾンビなどの仮装をして歩く人たちを見ていると、その指摘が間違いではないと思わされる。
ハロウィンを祝っている多くの人々は、自分が「悪魔」に対して祝っていることを知らず、また悪魔がどんな存在なのかも知らない。しかし、悪魔の実像は極めて残酷なものであり、それは私たちに何一つ良いものをもたらさず、常に私たちを欺き、世界中の苦しみを増し加えている。本記事で取り上げたドルイドの儀式は、その残忍さをよく表しているのだ。
ハロウィンの真実のまとめ
ハロウィンの起源はドルイド信仰の人身供犠
これまでに確認してきたように、ハロウィーンの起源は、古代のケルト人によるドルイド信仰にあり、その実体は極めて悪魔的だ。
今日でも悪魔的な習慣が残っている
後代に、カトリックによって万聖節の前夜祭に置換えられ、キリスト教に端を発する文化的習慣として定着したとはいえ、今日でもその悪魔的な意義や、習慣が失われているとは言い難い。その点は、ラミレス氏の証言や、人々がこぞって行う悪魔やゾンビなどの仮装からも明らかだ。
仮にキリスト教的な文化的習慣として祝うとしても、万聖節の前夜祭と、悪魔的な衣装やカボチャは、何の関係も無いのだから、最低限、悪霊的なシンボルを排除することを検討するべきだろう。
そして、以上に挙げた情報を参考にし、ハロウィンの祝祭についてどのような立場を取るかは、各人が責任をもって決める必要があるだろう。
神からのものと、悪魔からのものを見分ける。
悪魔は巧妙で嘘つきであり、一人でも多くの人間が闇と同化できるように、この世界にあらゆる罠を仕掛けている。そして、それらの罠に気付かず、この世の人生を終えた人々は、最終的に悪霊たちと永遠の運命を共にすることとになり、二度とその闇から返ってくることはできない。
しかし、数千年前から、悪魔の罠を見破り、それを警告してきた唯一の書物がある。それが「聖書」だ。
「あなたのうちに自分の息子、娘に火の中を通らせる者があってはならない。占いをする者、卜者(魔術)、まじない師、呪術者、呪文を唱える者、霊媒をする者、口寄せ、死人に伺いを立てる者があってはならない。これらのことを行なう者はみな、主が忌みきらわれるからである。」(申命記18:10-12)
聖書は、遥か昔から、これら悪魔に属する行為を退けるよう、警告を与えてきた。それは、聖書に啓示を与えてきた霊的な存在が、悪魔と対極に位置する聖なる神だからだ。
そして、悪魔が私たちを憎んでいるのに対し、神は私たち一人一人を深く愛している。神の愛に目を向けるのか、悪魔の罠に陥るのか、どちらを選択していくのかは、私たちの人生に永遠の結果をもたらすだろう。
是非この機会に、聖書を開き、永遠に変わることの無い神の愛に目を向けてみることをお勧めしたい。以下で紹介する記事は、聖書と本記事の内容を理解するための助けとなるだろう。
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補足事項
*1 サーウィンがニムロデを指している、という点については、英語サイト「Hope of Israel Ministries」で詳しく説明されている。基本的に、世界中に広がっている悪魔崇拝や偶像礼拝の源流を辿ると、全てニムロデが支配したバビロンに行き着く。したがって、それらの偶像崇拝で用いられる神の名前に、ニムロデを指す意味合いがあるとしても、不自然なことではない。
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