Bible Studyのご案内:恵み・信仰・行い・救いの関係について〜使徒たちと初代教会が教えていたこと


ハレルヤ、いつもご購読ありがとうございます!

8月29日(オフライン〜東京世田谷区)、9月9日(オンライン〜ZOOM)にて、「恵み・信仰・行い・救いの関係について〜使徒たちと初代教会が教えていたこと」と言うテーマで、メッセージをさせていただきます。メッセージの目的は、よく議論されがちで混乱しがちな「恵み・信仰・行い・救いの関係」をわかりやすく伝えることですが、聖書が教えていることだけでなく、使徒たちから直接教えを受けていた初代教会の教父たちの証言も取り入れて、説明をしていきます。(教父たちの証言は、今日の多くのプロテスタントのクリスチャンに、多少なりとも驚きを与えるものです)

数多くある聖書の教えの中でも、「救い」はとても重要なテーマです。かつて当サイトでは、「一度救われた人が、救いを失うことはあるのか」と言うタイトルで、複数の記事を書き、救いと信仰と行いの関係についての解説をしてきましたが、アンケートフォームを通し、たくさんの方が好意的な感想を寄せてくださったことに感謝を申し上げます。

しかし、最近になり、以前に書いた記事の内容も踏まえつつ、恵み・信仰・行い・救いの関係について、より鮮明で筋の通った理解を与えられるような、さらなるコンテンツの作成の必要を感じました。その理由は、次のようなものです。

目的と背景

第一に、「神の恵み」に関する私の理解が深まった事が挙げられます。実は、永遠の保証の記事へのアンケート結果の中には、きよく生きる事の大切さを認めながらも、恐れを感じてしまった、と言う人も見られました。実際に、これらの記事は、恵みに焦点を合わせた記事ではなかったので、救いを保たせる神の恵みの豊かさについて、十分に取り上げる事が出来なかったのです。

しかし最近、神の恵みに関する学びを深めていく中で、私たちの救いを保たせる恵みの豊かさや、恵みと信仰と行いとの関係に対する理解を、より一層深める事が出来ました。ですから、今回のメッセージや記事を通して、それらの点をカバーしていきたいと考えています。

第二に、使徒たちから直接教えを受けていた初代教会(1世紀後半〜3世紀)において、正統として認められていた信条に対する理解が深まった事が挙げられます。最近、当時の教会の信条をまとめた幾つかの本を読んだのですが、当時において「正統」と認められた信条が、今日の福音主義的な教会で「正統」と認められている信条とは大きく異なっていた、という点に気づかされました。具体的には、洗礼、信仰、悔い改め、行い、自由意志、等についてです。

それで、今回のメッセージでは、恵みと信仰と救いの関係を聖書から説明しつつ、初代キリスト教徒たちの間で正統的に認められていた考えについても、随所でご紹介したいと思います。

スケジュール

日付:8/29 (土曜)10:00~

  • 場所:田園都市線 池尻大橋駅から徒歩7〜8分 の会議室(申込希望者に直接お知らせします)
  • その他:飲み物は各自持参。終わった後、近くで食事の時間を持つ予定です。

日付:9/9 (水曜)20:00~

  • ZOOMを使い、オンラインで行います。(参加者の人数によっては、用いるツールを変える可能性があります。その際は、LINEで報告いたします。)

その他、定期的に行われているBible Study や弟子訓練は、以下のページでご案内しています。

聖書の学び会 Bible Study と弟子訓練のお知らせ

参加方法

(1)以下のTRUE ARK の LINEに、友達追加をして下さい。オンラインで参加するための詳細情報は、追ってLINEからお送りします。(追加後は、TRUE ARKからの新着情報などが送られてきます。不要な場合は、ご自身で削除できます)

また、TRUE ARKの新着情報をLINEで受け取りたい方も、合わせてご登録をお勧めいたします。

友だち追加

 

(2)人数の把握をする必要があるため、どちらに参加の場合も、以下のフォームよりお申し込みください。8/29のオフラインの学びに参加される方へは、ご登録のメールアドレス宛に、場所の詳細情報をお送りいたします。

コロナに関する考え方

オフラインの学び会等を開催するにあたり、昨今のコロナウィルスの状況に対してどう考えているのか、短く加えさせていただきます。まず、開催に使用する会議室は、区の規定により、通常の半数の人数に制限されていたり、換気や消毒などを義務付けられたりしておりますので、その点には配慮して行います。

「感染拡大」という点については、最近でもニュースで「感染拡大」「クラスター」という言葉が多々用いられていますが、実際の感染者に関わるデータを見る限り、感染は「収束」してきています。例えば、一日あたりの「感染者」の数は、「退院者」の数を下回っています。また、実際に重症化・死亡するほとんどの人は、高齢で基礎疾患を持っている方です。また、そもそも「感染者数の増加」という現象も、あくまで「PCR検査の陽性者」のことであり、無症状・軽症の人が多く含まれています。これは、通常の感染症の定義における「感染」とは異なり、単に「曝露」しただけだという側面があります。

ですので、一連のデータや科学的な根拠を見る限り、感染は深刻ではなく、収束傾向にある、という結論に至ります。人々の不安を煽るメディアの報道を鵜呑みにするべきではありません。今、私たちにとって大切なことは、「免疫力」を維持する事であり、そのためには、人との触れ合いがある、通常の社会的な活動を継続することであると見ています。

また、メディアの報道を鵜呑みにせず、事実やデータをしっかりと検証し、冷静で合理的な判断ができる思考を身に付けることです。

読者の皆様の上に、神の知恵と祝福と健康が豊かに与えられますように!

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6件のフィードバック

  1. 三島 より:

    タイトルにあります、~使徒達と初代教会が教えていたこと
    というものには外典の聖書も含まれるのでしょうか。

    聖書は正典の他にも外典があるそうで、正典を読めば十分で外典は取り立てて必要がないという説を読んだ事がありそれもそうかとは思います。
    しかし外典を読んでみて、正典を補足する意味では必要を感じると思ったと同時に、ますます聖書は理解が難しく、聖書解釈が正確にできる人はいないという私なりの結論に達する度合いを増すばかりでした!

    下のURLは《原始キリスト教世界 外典のヨハネの黙示録》
    というものらしいです。
    この外典の中でも、裁きの事と地獄の事がありありと書かれているので、エホバの証人の教えである、地獄はなく人が死ねば肉体も魂も消滅するという主張は正しいとは限りません。
    「地獄」というよりも最後の審判の時までに行く場所は「よみ」と訳す方が正確かもです。
    地獄⇒正確には「よみの国」に行っていたのは、イエスが来られる以前までのもではないかと思うのです。
    その他にも、旧約聖書には、肉体は土に戻り、魂はそれを授けた神にかえるという聖句もあるので、エホバの証人が主張する、死ねば何にも意識がなくなるの一点張りはやはり手落ちだと思います。
    それから「三位一体」を認めない証人、
    三位一体という言葉は聖書にはないけど、外典には三位一体が出てきて、父と子と聖霊を認めない者も尋問を受けると書いています。
    三位一体の意味は、父と子はまったく同じという意味ではないけど、エホバの証人はそのように解釈しているようです。

    http://web.kyoto-inet.or.jp/people/tiakio/urchristentum/ioannes1.html

    • true-ark より:

      外典や使徒教父文書、教父たちの著作等を用いて、説明をする予定です。
      これらについては、その書かれた年代や背景などを、立体的に理解し、聖書の権威を越えない範囲で適切に用いれば、とても有用な資料となります。

      特に、聖書だけではクリスチャンの間で意見が分かれるようなテーマについて、1〜2世紀の霊的指導者たちがどう考えていたかを知ることはとても重要です。なぜなら彼らは、使徒たちから直接教えを受けた、また使徒たちと同じ時代に生き、ギリシャ語を母語で使っていた人たちだからです。聖書解釈、という点で言えば、客観的に見て、現代の神学者より信憑性が高くなることはいうまでもありません。

      ご指摘の通り、外典などには、三位一体のことや、地獄の実在などがはっきりと書かれていますね。実は、救いについても、一貫した、はっきりとした答えを知ることができるのです。

  2. しん より:

    宗教改革によって初代教会の教えが回復した、というのは大きな誤りであって、実は、ルターやカルバンの唱えた教理というのはカトリックの教えの一新ではなくて、それまでの土台や大黒柱を基本的に残しつつ、贖宥状や一部の教えに対して修繕を加えただけけ(極端な対極に反発しただけ)、という事実はあまり知られてはいないですね。

    奴隷的意思、農民戦争文章、ヤコブ書への序文、ヘブライ書への序文など、ルターやカルバン本人らが書いた本を読めば、彼らの聖書理解、救いについての理解が、初代教会の弟子たちの理解と違うとハッキリとわかります。

    実際彼らは、自分の支持する教えを押し通すために、聖書の教えでさえも意図的にねじ曲げようとしました。

    ルターはそれまで一部の人に独占されていた聖書を、一般人が読めるように、初めてラテン語からドイツ語に訳しました。それ自体は素晴らしい功績だと思います。しかし、意図的に聖書原文に無い言葉を付け加えたり、ヤコブ書やヘブライ書を価値のない文書だとする一方で、ローマ書を聖書の最高峰だと位置づけたこと、福音書の中でもイエスの教えが少ないヨハネによる福音書を最も優れている書だとして、イエスの教えの実行を求めている箇所が多いマタイによる福音書を低くみなしたこと、主観が多く入った聖書の序文を付け加えることで、聖書知識のない読み手に誤った印象を持って聖書を読むように仕向けたり、純粋に神の僕として、主に用いて頂こうという謙虚さが欠如していた部分があったことは事実ですね。

    帝国分裂後、弱体化していたローマ帝国からの独立を企てる政治的な諸侯たちの動きと、自分を破門にしたカトリックに反発したいルターとの利害関係が一致したことや、近代においてはドイツ帝国の政治的な動きに都合よく利用され、また、ナチスのヒトラーからもプロパガンダを正当化する目的でも利用され、神格化され、誤った印象をつけられてきたことで、宗教改革は全く正しいものだというイメージが一般にはありますが、実際は、負の側面も多くあり、イメージと実態が大きく乖離してしまっていると思います。

    ルターという人物像についてもポジティブな面ばかりがクローズアップされています。しかし、物事をバランス持って理解するために、彼がキリスト教界に対して残した負の側面というのも決して見逃してはいけないと思います。

    現代の多くのクリスチャンたちには、教父たちの残した文章やルターの残した文章など、歴史的な文章よりも、現代風に読み易くアレンジされたデボーショナル本などが好まれる傾向があるかと思います。
    しかし、歴史から学ばないと、人は先人と同じ過ちを繰り返してしまうことになります。1から3世紀の初期教会のクリスチャンたちによって書かれた文章を熟読することによって、本当の意味で、神が私たちに伝えたいと考えていること、使徒たちの理解に近い聖書理解について、私たちはもっと学ぶべきだと思います。

    ルターの時代には、ヨーロッパに住んでいてもこれら初期教父たちの文章は入手不可能だったようですが、現代の私たちは望めばわりとたやすくそれが手に入るわけですから、神に多く与えられたものとして、多く還すことを求められますね!

    コメントにしては長くなりすぎました。。

    今後の活動もぜひ頑張ってください!

    • true-ark より:

      コメントありがとうございます! 内容について、アーメンです。当日の学びでも触れますが、初期の教父たちの教えを理解すると、かなり考えさせられるクリスチャンは多いはずです。特に、福音主義の教会の多くの人にとっては、大きなチャレンジになりそうですね。救いについての正しい理解が広まり、天国に入るクリスチャンが増えていくことを願います。

  3. てぃあ より:

    宗教改革の理念である聖書のみ。教会の伝統ではなく聖書からでなければ教理を打ち立ててはならない。使徒職の継承は聖書にないし。一度救いを失った人が再び救われる例も登場しない。

    • true-ark より:

      コメント感謝します!つまり、宗教改革の理念ではなく、聖書そのものから、教理をきづく必要があると考えてます。実は、1〜3世紀の正統的なキリスト教では、一貫して、宗教改革以降に提唱されてきた信条と、かなり違うことを教えていました。救いやバプテスマや行いについての考え方について、彼らは異なる見解を持っていたのです。そのあたりについて、お話をする予定です。

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