永遠の保証~初代教会の証言: 救われた後に救いを失うことはありますか?


永遠の保証~初代教会の証言: 救われた後に救いを失うことはありますか?

当サイトでは、これまで「永遠の保証~一度救われた後に、救いを失うことはあるか」という重要なテーマに関する三本の記事を公開してきましたが、本シリーズの最後に、初代教会(紀元1~3世紀)の著名な著述家・監督たちが、この問題についてどのように考えていたのかを取り上げたいと思います。

序論

初代教会、特に紀元一世紀後半から二世紀初頭の教会の監督たちが、救いについてどのように考えていたかを知ることには大きな価値があります。なぜなら、彼らの多くは、イエスや使徒たちから直接その教えを聞いて育った人たちだからです。また、彼らの著作は聖書ではありませんが、その著作の多くは使徒たちの教えを直接聞いた人々によって広く読まれ、その信憑性が承認されてきたからです。

初代キリスト教徒たちの生きた時代

上記の画像は、初代教会の監督たちが使徒たちの生きた時代とどのように重なるかを表した自作の図です。特に、クレメンス・イグナティウス・ポリュカルポス等の著名な監督たちの生きた時代が、パウロやヨハネといった使徒たちと十分に重なっていることがわかるはずです。

ですから、当時の監督たちが、救いについて、あるいは他の様々な教えにおいて、使徒たちとかけ離れた教えを説いていた可能性はとても低いのです。

本記事でご紹介する初代教会の監督たちの証言は、主に『使徒教父文書』(講談社文芸文庫)と『初代キリスト教徒は語る: 初代教会に照らして見た今日の福音主義教会』(デイビッド・ベルソー)からの引用となります。これらの著作は、アマゾン等のプラットフォームで販売されていますので、ご関心のある方は、手に取ってお読みいただくことをお勧めいたします。

救いを得ること(義認)についての証言

まずは、本記事のテーマである「永遠の保証・救いを保つ」ことに関する証言の前に、救いを得る(義認)ことについて初期のキリスト教徒たちが考えをご紹介します。

ローマのクレメンス(30~101)

ローマの第2あるいは第3代監督。『クレメンスの第一の手紙』は、96‐97年ころに、ローマの教会からコリントの教会に宛てられて書かれた。

「[私たちは]自分自身で義とされるのではない。また自分自身の知恵。理解。敬虔さによってでもなく、聖い心でなされた行ないによるものでもない。そうではなく、信仰によるのである。そして、それを通して、全能の神はとこしえより全ての人を義認されたのである。」*[1]

ポリュカルポス(70頃〜156頃)

使徒ヨハネの直弟子であり、ヨハネよりスミルナの教会の監督に任命された。小アジアの信徒たちにとっての信仰と献身の模範。AC155年頃に殉教

「多くの人がこの喜びに与りたいと願っており、『(彼らの)救われたのは、実に恵みにより、信仰による』のであって行ないによるのではなく、イエス・キリストを通した神の御心によるのである(エペソ2:8)」。*[2]

まとめ

クレメンスやポリュカルポスによれば、義認(救いを得る)は、行いによってではなく、ただ神の恵みと信仰によって与えられるものでした。そしてその考えは、新約聖書全体の証言と一致しています。

「この恵みのゆえに、あなたがたは信仰によって救われたのです。それはあなたがたから出たことではなく、神の賜物です。9行いによるのではありません。だれも誇ることのないためです。」(エペソ2:8~9)

さらにデイビッド・ベルソーによれば、ここでご紹介したクレメンス・ポリュカルポスだけでなく、初期のキリスト教の著名な著述家たちは、全員一貫してこの真理を力説していたようです。

「ではキリスト者は、行ないによって救いを「得る(earn)」のであろうか。この問いに対する初代キリスト教徒の答えは、「否」である。善行の蓄積により救いを得るのだ、とは彼らは教えていなかった。彼らは、「信仰は救いに絶対的に不可欠であり、神の恵みなしには、誰も救われない」という事実を認識し、また強調していた。上述の著述家も全員がこの事実を力説していた。」(No. 1911)

救いを保つこと(永遠の保証)に関する証言

ポリュカルポス(AD70頃〜156頃)

使徒ヨハネの直弟子であり、ヨハネよりスミルナの教会の監督に任命された。小アジアの信徒たちにとっての信仰と献身の模範。AC155年頃に殉教

「もし、私たちが主の御心を行ない、主の掟の内に歩むなら、そして主の愛されたものを愛し、全ての不正から身を遠ざけるならば、主を死より蘇らせたもうたお方は、同時に私たちをも蘇らせたもう」*[3]

エイレナイオス(AD130頃~202)

ポリュカルポスの直弟子の一人で、フランスのリヨンの監督。『異端反駁』を初め、数多くの著作を残す。初代教会は皆一様に、エイレナイオスを称賛していた。以下の引用文は、へブル10:26「もし私たちが、真理の知識を受けた後、進んで罪にとどまり続けるなら、もはや罪のきよめのためにはいけにえは残されておらず」に対するエイレナイオスの注解。

「今また罪を犯すような人に代わって、キリストはもう一度死ぬようなことをなさらない。なぜなら、死はもはや主を支配しないからである…それ故、私たちは高ぶってはならない…そして気をつけなければならない。なぜなら、キリストを知るようになった後に、もし私たちが神の怒りを招くようなことをするなら、もはや罪の赦しは得られず、主の御国から締め出されてしまうからだ。」(ヘブル6:4〜6)。(No. 2087)

なお、デイビッド・ベルソーによれば、へブル10:26は、初代キリスト教の著述家たちがよく引用した聖書箇所の一つであり、彼らは皆一様に、この箇所を「かつて一度救われた人々が救いを失うことについて述べている」と理解していた。

イグナディオス(AD35〜110)

シリアのアンティオキアの第二代監督。『イグナディオスの手紙』は、スミルナ、エペソ、ローマ等へ、殉教の前に書き送られた。ポリュカルポスと交流があった。

「もし誰かが、肉の名誉のために純潔にとどまることが出来るなら、誇らずにそうすべきです。もし誇るなら、滅びることになります。」(使徒教父文書、210頁)

「兄弟たちよ、間違ってはいけません。家庭を破壊する者(あるいは、宮を汚す者)は、神の国を嗣がないのです(1コリント6:9以下)。ですから、肉的な意味でこういうことをした人が死んだとすれば、まして悪しき教えによって神の信仰を・・だめにする者は・・汚れに染まって消えぬ火(マルコ9:43)の中に赴くでしょう。」(使徒教父文書、166頁)

ローマのクレメンス(AD30〜101)

ローマの第2あるいは第3代監督。『クレメンスの第一の手紙』は、96‐97年ころに、ローマの教会からコリントの教会に宛てられて書かれた。

私たちは、待ち望んでいる者らの数のうちに見出されるように励み努めようではないか。しかし愛する者たちよ、いかにしてそうなるだろうか。それは、私たちの思慮が史実にじっと神に据え付けられ、・・・真理の道を従いゆき、更に私たち自身からあらゆる不義、悪、貪欲、・・・高慢、うぬぼれ、虚栄、無愛想な客あしらいを捨て去るならばのことだ(ローマ1:28〜32)。」*[4]

ユスティヌス(AD100~165)

元哲学者。改心後は異教の哲学者や知識層への伝道者となる。『第一弁明』、『第二弁明』など、数多くの著作を残す。

「殉教者ユスティノスはローマ人に言っている。『私たちの教えられているところに従えば、主は、ご自身の内に宿す徳――自制、正義、人類愛といったもの――に倣おうとする人のみを受け入れられる…だから、もし人が自分の行ないによって、主の御目的にふさわしい人であることを示すならば、堕落や苦しみから解放され、主と共に治めるにふさわしい人だとみなされる、と教えられている。』」*[5]

十二使徒の教訓:

使徒教父文書に含まれる一文書。正確には《十二使徒を通して諸国民に与えられた主の教訓》。成立は1世紀末〜二世紀初頭、著者は不明だが、初代教会の多くの信者たちの間で広く読まれ、その信憑性が認められている。

「あなたがたの生命について目をさましていなさい・・もし最後の時にあなたがたが完全にされないなら、あなたがたの信仰のすべての時も、あなたがたの役に立たないのだからである。」*[6]

バルナバの手紙(70頃〜140頃)

使徒教父に含まれる一文書。使徒バルナバでは無い可能性がある

「以上に記した主の正しいわざを学んで、それに沿って歩むのは良いことである。それらを行っている人は、神の国で栄光を受けるであろうからである。(他方)もう一方のものを自分自身に選ぶものは、そのわざとともに滅ぼされるであろう。そのために復活(があり)、そのために報い(がある)。*[7]

ヘルマスの牧者

使徒教父の一人とされるヘルマスの著作であり、AD140頃にローマで書かれたと考えられている。ヘルマスの死後、一世紀ほどは正典と同様に重んじられていた。

「主を畏れ、主の掟を守る人だけが神と共にいのちを保つ。しかし、主の掟を守らない人に関しては、彼らの内にいのちはない…従って、誰でも、主を侮り、主の掟に歩まない人は、自らを死に明け渡し、各自が自分自身の血の責めを負うことになる。しかし私は、あなた方が主の掟に従うよう懇願する。そうすれば、あなた方がかつて犯した罪も癒されるであろう」*[8]

結論

これまでに見てきた通り、初代キリスト教のあらゆる監督たちは、「救われても、その後に不信仰な生き方をするのであれば、救いを失う可能性がある」と考えていました。つまり、救いは神の恵みによって完全に一方的・自動的に保たれるものではなく、その恵みに応答する信者の側の自由意志も重要だと彼らは考えていたのです。そして、デイビッド・ベルソーによれば、この考えは1~3世紀の教会の著名な監督たちの間で、見事に一貫していました。

「実際、救いのことに関して論じている初代キリスト教著述家は、一人残らず、これらと同じ意見を表明しているのである。」(No. 1908)

つまり、信じて救われた後にその救いを保つためには、イエスの言葉の通り、信者の側の「行い」も重要な役割を果たすと、初代キリスト教徒たちは皆一様に考えていたのです。

「わたしに向かって『主よ、主よ』と言う者がみな天の御国に入るのではなく、天におられるわたしの父のみこころを行う者が入るのです。」(マタイ7:21)

ではその考えは、結局のところ、人間の努力によって救いを獲得するという律法的な考えになってしまうのでしょうか?そうではありません。なぜなら、救われた信者の「良い行い」とは、「神の恵みが、信仰を通して外側に現されたもの」だからです。

最後に、初代キリスト教徒たちの救いについての考えをまとめたデイビッド・ベルソーの言葉を引用し、本記事を閉じたいと思います。

「聖書によれば、そして初代キリスト教徒によれば、私たちもまた、自分自身の救いにおいて、その役割を担っているのだ。神の恵みに与るために、まず、私たちは悔い改め、キリストを自分の主、そして救い主として信じなければならない。そして新生に与った後、私たちはまたキリストに従わなければならない。

とはいっても、従順それ自体が、依然として神と力と赦しという、途切れることのない恵みに因っているのである。それ故、救いは恵みに始まり、恵みに終わる。しかし、その中間には、人間の側の忠実で従順な応答があるわけである。最終的に、救いは人と神と、その両方に因るのだ。だから、ヤコブは「私たちは信仰だけによるのではなく、行ないによって救われる」と言い得たのである。」(No. 2058)

最後に

以下に、永遠の保証に関する当サイトの記事の一覧をご紹介します。

本記事をお読みいただいた感想があれば、ぜひコメント欄に投稿していただければ幸いです。

脚注

[1] Clement of Rome Corinthians chap.32. – 『初代キリスト教徒は語る: 初代教会に照らして見た今日の福音主義教会』

[2] Polycarp Philippians chap.1. – 『初代キリスト教徒は語る: 初代教会に照らして見た今日の福音主義教会』No.1827

[3] Polycarp Letter to the Philippians chap.2. – 『初代キリスト教徒は語る: 初代教会に照らして見た今日の福音主義教会』No.1812

[4] 使徒教父文書、111頁

[5] Justin First Apology chap.10. 『初代キリスト教徒は語る: 初代教会に照らして見た今日の福音主義教会』No.1833

[6] 使徒教父文書、39頁

[7] 使徒教父文書、80頁

[8] Hermas Shepherd bk.2, comm..7 ; bk.3, sim.10, chap.2. – 『初代キリスト教徒は語る: 初代教会に照らして見た今日の福音主義教会』No.1824

あわせて読みたい

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です