神は動物(ペット)の病気を癒やされますか?聖書の疑問

神は動物(ペット)の病を癒やされますか?聖書の疑問

神は動物(ペット)の病を癒やされますか?

聖書には、神が人間の病を癒やした事例が数多く存在しますが、動物の病が癒やされた事例は書かれていません。そこで、人間だけでなく、動物の病も、神は癒やして下さらないのだろうか?という疑問が湧いて来ます。

この問題は、特にペットを買っている人にとっては、切実な問題であるはずです。聖書時代には、動物を「ペット」にする、という習慣は存在しませんでしたが、現代の私たちにとっては、ペットの動物は家族同然だからです!(この感覚は、ペットを買ったことのあるほとんどの人は同意するはずです)

実は、当サイトの管理人も、かれこれ十年以上、うさぎを飼っているので、キリストによる動物の癒やしというテーマは、ある時には切実な問題となってきました。

そこで、今回の記事では、(1)動物の癒やしに関して聖書が何と述べているのか、(2)実際に動物が癒やされた事例はあるのか、という2つの点について、紹介していこうと思います。

動物の癒やし~その聖書的根拠

癒やしの根拠

かつて、キリストや弟子たちが地上を歩んだ時、数多くの癒やしの奇跡がなされましたが、そのときに生じた癒やしの根拠について、マタイはその福音書の中で、次のように説明しています。

「16夕方になると、人々は悪霊につかれた人を、大勢みもとに連れて来た。イエスはことばをもって悪霊どもを追い出し、病気の人々をみな癒やされた。17これは、預言者イザヤを通して語られたことが成就するためであった。『彼は私たちのわずらいを担い、私たちの病を負った。』」(マタイ8:16~17)

ここでマタイが引用しているのは、イザヤ書の53章の預言であり、その預言はキリストの十字架の贖いの預言となっています。

「まことに、彼は私たちの病を負い、私たちの痛みを担った。それなのに、私たちは思った。神に罰せられ、打たれ、苦しめられたのだと。」(イザヤ53:4)

癒やしは全ての被造物を含む

では、キリストの十字架の贖いは、人間に対してのみ有効なのでしょうか?聖書の中には、今の世において、神が動物を奇跡によって癒やされた事例は存在しませんが、次の聖句で示される原則を考慮することは可能です。

「今の時の苦難は、やがて私たちに啓示される栄光に比べれば、取るに足りないと私は考えます。19被造物は切実な思いで、神の子どもたちが現れるのを待ち望んでいます。20被造物が虚無に服したのは、自分の意志からではなく、服従させた方によるものなので、彼らには望みがあるのです。21被造物自体も、滅びの束縛から解放され、神の子どもたちの栄光の自由にあずかります。22私たちは知っています。被造物のすべては、今に至るまで、ともにうめき、ともに産みの苦しみをしています。」(ローマ8:18~22)

「時が満ちて計画が実行に移され、天にあるものも地にあるものも、一切のものが、キリストにあって、一つに集められることです。」(エペソ1:10)

上記のローマ8章を見てみると、滅びの束縛から解放されるのは、私達人間だけでなく、「被造物」だと書かれています。また、エペソ1章の聖句では、キリストによって一つに集められるのは、人間だけでなく「天にあるものも地にあるものも、一切のもの」と書かれています。

つまり、キリストの十字架の贖いによって、罪の束縛から解放されるのは、人間だけでなく、動物や自然界を含める「全ての被造物」なのです*[1]

ということは、「今の世」において、神がキリストの十字架に基づいて人間に癒やしを行われるのであれば、その十字架の贖いに含まれている人間以外の動物にも、同じように癒やしは働くと考えることは十分に可能です*[2]

動物が癒やされた証

ジョン・ウェスレーの馬の癒やし

メソジスト運動の指導者、偉大な伝道者として有名なジョン・ウェスレーは、彼のミニストリーにおいて、247の癒しが起こった事例を記録しています。ウェスレーは、どこに行くにも、「ハンク」という彼の馬に乗って移動しました。ハンクが、ウェスレーを乗せて走った距離は、なんと4万kmにも上ると言われています。

ある時、ハンクの足が故障し、走れなくなったときに、ウェスレーはその馬のために祈りました。そして、馬は癒やされたのでした。-『DHTT-セッション2』を参照

友人の犬の癒やし

管理人のクリスチャンの友人のアントニーの証を紹介します。彼の両親は、13歳になるフォックステリアの老犬を飼っており、名前はティプシーです。以下は、彼による直接の証言です。

――――――――――

ある時、私は私の故郷のポーランドに数カ月間行きましたが、そのときに、父は私に実家を訪問するよう頼みました。私が父のアパートに来たとき、父は犬を獣医に連れて行って安楽死させてほしいと私に頼みました。ティプシーは、年老いており、おそらく癌にかかっていました。私は何をすべきかわからなかったので、ティプシーのために祈り始めました。私は、彼がとても恐れているのを見ました、彼は自分の身に何が起きているのかを感じているようでした。

それで、私がティプシーを散歩に連れて行くと、一人の女性に会いました。彼女は、犬が病気にかかっているように見えたので、犬について尋ねてきました。私は彼女に、この犬を置いてくるために、今日獣医に行くことになっていると言いました。彼女は、獣医に連れていくのではなく、自然死が訪れるまで、犬をそのまま家に置いておいた方が良い、と言いました。なぜなら、たとえティプシーに病気であるとしても、彼にはまだたくさんの喜びとなるものがあったからです。それで私は、心の内で、この女性と同じように感じ始め、ティプシーのためにもっと多く祈るようになりました。家に戻り、私がこの女性に言われたことを話すと、父も考えを変え、病院へ連れていくのを止めました。

最終的に、ティプシーには大きな変化が現れました。彼が体に抱えていた腫瘍は、前よりもずっと小さくなり、体も元気になっていったのです。ティプシーは、死にそうだった状態から回復し、生き続けるのに十分な健康を取り戻したのです。私の父は「信じられないが、これは奇跡だ!」と驚いています。私も、これが神の力だと信じています。

管理人のペット(うさぎ)の癒やし

私はもともと、うさぎを4羽飼っていました。そのうちの二羽は、数年前に病気で無くなってしまいましたが、当時私は、病の癒やしについて、今ほどの信仰は無く、今ほどの信仰によって祈ることもできませんでした。私が、実際に癒やしを信じて、効果的な方法と信仰でペットのために祈り始めたのは、ほんの一年ほど前からです。

結果として、今生きている二羽のうさぎは、どちらも11歳という高齢でありながら(人間でいうと、80~90歳くらい)、全く元気な状態です。この子たちは、どちらも私の家で生まれた兄弟であり、兄の方はムック(オス)、妹の方はポティー(メス)という名前です。

うさぎの癒やし

左がポティー(キャベツを食べている)、右がムック

ポティーの心臓とスナッフルの癒やし

さて、ポティーの方は、二年ほど前から、体調が不安定になり、高い頻度で食欲を失うようになりました。この時にはすでに8~9歳だったので、「年だから仕方無いかな」と思いながら、病院へ連れていって診断をすると、心臓の働きが弱くなっていることが確認できました。

医者からは、心臓の動きを補助する「ピモベハート」という薬を一日二回飲ませると良い、と提案されましたが、一度飲ませ始めると、死ぬまで飲ませなければならず、途中で止めたら、それまでに薬で補助されていた心臓の働きが弱まるので、万が一のことが起こりやすい、ということです。

よく考えた末、その薬を飲ませ始めると、体調が再び安定し始めました。つまり、不安定の原因は心臓にあったのです。それ以来、ずっとその薬を飲ませる日々が始まりました。

それから一年ほど経ち、ポティーは、鼻水やくしゃみが止まらなくなりました。病院で診断すると、うさぎではありがちな「スナッフル」という症状であり、薬を処方されましたが、あまり良くはなりませんでした。その頃には、私は、癒やしに対する信仰を持ち始めていたので、毎日何度もうさぎに手を置いて「イエスの名によって癒やされるように!」と祈っていました。すると、薬ではあまり改善しなかったスナッフルの症状が、少しずつ和らぎ、消えていったのです。

またその時、ポティーの体調が、とても元気であることに気づくようになりました。高齢にしては、やたら元気だなと思ったのです。そこで、「もしかしたら、心臓の方も癒やされているのでは」と思い、一日二回飲ませていた薬を、「一日一回」「ニ日に一回」という感じで、徐々に減らしていき、体調が全く変わらないのを見て、ついに、数ヶ月前に、薬を完全に止めました。そして、今でもポティーは、年を全く感じさせないほど毎日元気です。神は、ポティーの弱くなっていた心臓を癒やされたのです。ハレルヤ!

ムックのスナッフル、鼻涙管閉塞の癒やし

ポティーのスナッフルの症状が出ていた時期に、ムックの方も、同じようなスナッフルの症状を持つようになりました。私は、両方の子たちに対して、「癒やされよ」と祈りましたが、ムックの方も、徐々に癒やされ、症状が消えていったのです。

また、ムックの場合は、途中から、目の涙が垂れるようになりました。これは、「鼻涙管の閉塞」という問題であり、目と鼻をつないでいる「鼻涙管」という管に、何らかの炎症が起きていることが原因です。実は、何年も前に亡くなったムックのお姉さんは、「鼻涙管の閉塞」に対する治療の失敗が原因で亡くなっていました。なので、この症状は、私にとって、決して軽い問題とは言えなかったのです。

私は、「三日間しっかり祈って、もしも癒やされなかったら、この子を病院へ連れていきます」と神に申し上げました。そして、結果的に、ムックの鼻涙管の炎症の問題は、三日以内に癒やされたのです。

その後も、何度か、同じ症状に悩まされたムックでしたが、私がいつも同じ方法で祈ると、薬や治療なしでムックは神に癒やされていきました。

かつて、私が癒やしのための信仰や祈り方を知らなかった時には、同じような病気になった時、いつもペットを病院へ連れていき、医療費を払い、その治療に多くのエネルギーを費やしていました。しかし、こうして、私が癒やしに対する信仰を明白に持ち始めてからは、ペットのうさちゃんの病気は神によって癒やされるようになったのです。なぜなら、私が最高の家庭医であるイエス・キリストに、信頼を置くようになったからです!*[3]

【参考記事】
聖書が教える病の癒やしー イエスの名によって病人を癒やす方法とは

脚注

[1] その証拠に、以下のイザヤ書の預言を見ると、キリストが王としてこの地上を治める時には、動物たちの間に呪いからの解放が生じ、本来の平和な状態が回復されることが予告されています。

「狼は子羊とともに宿り、豹は子やぎとともに伏し、子牛、若獅子、肥えた家畜がともにいて、小さな子どもがこれを追って行く。7雌牛と熊は草をはみ、その子たちはともに伏し、獅子も牛のように藁を食う。8乳飲み子はコブラの穴の上で戯れ、乳離れした子は、まむしの巣に手を伸ばす。9わたしの聖なる山のどこにおいても、これらは害を加えず、滅ぼさない。主を知ることが、海をおおう水のように地に満ちるからである。」(イザヤ11:6~9)

[2] なお、「今の世」とは、これまでの人間の全歴史を含む時代のことであり、キリストが再び来られて地上を統治する時代のことを「新しい世」(マタイ19:28)と筆者は表現しています。また、今の世における肉体の癒やしは、「新しい世」においてなされる完全な癒やしに比べれば部分的なものだと言えます。なぜなら、新しい世においては、神は病気だけでなく、老化からも解放してくださるからです。(第一テサロニケ4章、第一コリント15章)

[3] この証は、病気の治療のために医療機関を用いることを全く否定するものではありません。病気や怪我の症状によって、医療機関の治療にどの程度頼るかは、各自が自分の信仰を吟味し、責任を持って決める必要があります。実際に、もしも私が、何かの事故に巻き込まれ、大怪我をしたら、救急車で病院へ運ばれることを拒否したりはしないでしょう。また、この証でも明らかにしている通り、管理人のペットのうさぎは、薬を飲みながら、徐々に神の癒やしを受けていき、結果的に、薬は不要になりました。ですので、たとえ薬を飲んでいても、私達が信仰を持って祈るなら、神の癒やしは働き、薬やその他の治療はやがて不要になるでしょう。なお、神の癒やしと薬の問題については、次の記事もおすすめいたします。-『神癒技術者訓練-セッション5

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