バベルの塔の建設と共通言語の混乱は実話なのか? 旧約聖書の謎に迫る


ニムロデが建設したバベルの塔halloween_babel

ブリューゲル『バベルの塔』

バベルの塔―聖書を読んだことがなくても、誰もが一度くらいは耳にしたことのある有名な伝説だが、最近では上野の東京都美術館にて「ブリューゲルバベルの塔」が開催されていることもあり、人々の関心は高まっている。

バベルの塔の伝説は実話なのか?多くの人々が、この話を単なる神話と見做す一方、それが歴史的事実であったことを示す複数の考古学的証拠が見つかっている。さらに、バベルの塔で起きた出来事は、単に遠い昔に一度限り起きた事件として片付けることはできない。そこには、今日の世界や私たちの運命にも直接関係するような、重要な意味と教訓が含まれているからだ。

  • バベルの塔とは?それは何を意味するのか?
  • バベルの塔の存在と言語の混乱は歴史的事実なのか?
  • それはどんな教訓を私たちに与えているのか?

本記事では、バベルの塔に関連するこれらの疑問について、丁寧に解説をしていきたい。

バベルの塔―基礎的な知識

「バベルの塔」とは、旧約聖書の創世記11章に登場する巨大な塔のことだ。ノアの大洪水の後、バビロンの地域に住んだ人類は、頂が天に達するほどの高い塔を建てようとしたが、この試みが神の怒りに触れたことによって彼らの言語は混乱させられた。互いに言葉が通じなくなったことにより、塔の建設は中断し、人類はそれぞれの民族・国語ごとに、各地へ散っていったとされている。

以降このバベルの塔の伝説は、傲慢に対する戒めや、実現不可能な計画を表すためにも象徴的に用いられるようになった。

バベルの塔の語源:

「バベル」という名前は、ヘブル語で混乱を意味する「バーラル」から来ており、その後バーラルという語の発音に似せた「バベル」という名が、原語の混乱が生じたその都市につけられることとなった。なお、バベル (バビロン) はアッシリアでは「神の門」の意味であるが,旧約聖書ではヘブライ語の語根バーラルと結びつけられている。

バベルの場所

創世記11章でバベルと呼ばれた都市の周辺地域は、その後「バビロン」と呼ばれるようになるが、その場所は現代のイラクの首都バグダッドの南方に位置している。この地方では、ジッグラトと呼ばれるピラミッド形状の巨大な聖塔の遺跡がたくさん発見されており、バベルの塔がその原型となったと考えられる。

バベルの塔の芸術作品

最も有名なところでは、16世紀のオランダの画家「ピーテル・ブリューゲル」による『バベルの塔』(1563年)があり、2017年6月現在、上野の東京都美術館にて「ブリューゲル『バベルの塔』展」が開催されている。

また、EU議会の建物(ルイーズ・ワイス)は、ブリューゲルの描いた未完成状態のバベルの塔を模したデザインとなっている。

他の作品は、次の通り

  • ルーカス・ヴァン・ヴァルケンボルク 『バベルの塔』(1594年)
  • アタナシウス・キルヒャー 『バベルの塔』(1679年)
  • ギュスターヴ・ドレ 『言語の混乱』(1865年)

EU議会の建物(ルイーズ・ワイス)はバベルの塔にデザインされている

バベルの塔事件―聖書の記録

ノアの大洪水の後、方舟はアララト山(現代のトルコ東部)の付近に漂着し、生き残ったノアとその家族から、新たな人類の歴史がスタートした。神は契約のしるしとして虹を立て、「もはや大洪水が地を滅ぼすようなことはない。」と誓われた。そして、ノアとその息子たち(セム・ハム・ヤペテ)を祝福して「生めよ。ふえよ。地に満ちよ。」と命令をお与えになった。

ところが、ハムの孫であるニムロデは、「地に満ちるように」という神の命令に逆らい、シヌアルの地に定住し、高い塔を建設するよう人々を扇動し始めた。(以下、聖書本文を引用)

「1 さて、全地は一つのことば、一つの話しことばであった。2 そのころ、人々は東のほうから移動して来て、シヌアルの地に平地を見つけ、そこに定住した。3 彼らは互いに言った。「さあ、れんがを作ってよく焼こう。」彼らは石の代わりにれんがを用い、粘土の代わりに瀝青を用いた。4 そのうちに彼らは言うようになった。「さあ、われわれは町を建て、頂が天に届く塔を建て、名をあげよう。われわれが全地に散らされるといけないから。」

5 そのとき主は人間の建てた町と塔をご覧になるために降りて来られた。6 主は仰せになった。「彼らがみな、一つの民、一つのことばで、このようなことをし始めたのなら、今や彼らがしようと思うことで、とどめられることはない。7 さあ、降りて行って、そこでの彼らのことばを混乱させ、彼らが互いにことばが通じないようにしよう。

8 こうして主は人々を、そこから地の全面に散らされたので、彼らはその町を建てるのをやめた。9 それゆえ、その町の名はバベルと呼ばれた。主が全地のことばをそこで混乱(バラル)させたから、すなわち、主が人々をそこから地の全面に散らしたからである。」(創世記11:1-9)

バベルの塔を建設する人々

Hendrick Van Cleve 『The Construction of the Tower of Babel』 (1587)

バベルの塔の解釈―その意味とは

バベルの塔で起きた一連の出来事に対する解釈には諸説があるが、その正確な意味は、聖書の記録そのものから読み取るのが最も妥当だと言える。また、ユダヤ人の歴史家フラウィウス・ヨセフスの著作『古代誌』も参考にすることができるだろう。

大洪水の後、神が人類に与えていた命令は次の通りだった。「神はノアと、その息子たちを祝福して、彼らに仰せられた。『生めよ。ふえよ。地に満ちよ。』」(創世記9:1)

ここで「地に満ちよ」という表現があるが、これは人類が一箇所に定住するのではなく、人口の増加と共に新たな地を開拓しながら、地上全体に広がって住んでいくように、という意味が込められていた。

しかし、ニムロデを筆頭とする人々は神に敵対して立ち上がり、全地に散らされることを拒んだが、その理由と方法は「頂が天に届く塔を建て、名をあげよう。」というものだった。つまり、彼らが求めたのは、神の教えに従うことではなく、一箇所に定住して権力を結集させ、自分たちの名声を高めることだった。バベルの塔の建設は、彼らがその心の傲慢さにより、神を神と認めず、自分たちが神のような立場に高めようとしたことを象徴するものだったのだ。

また歴史家ヨセフスによれば、彼らが高い塔の建設を試みたのは、たとえ再び神が大洪水を起こしたとしても、水によって滅ぼされないためであったとされている。

ニムロデは、もし神が再び地を浸水させることを望むなら、神に復讐してやると威嚇した。水が達しないような高い塔を建てて、彼らの父祖たちが滅ぼされたことに対する復讐するというのである。人々は、神に服するのは奴隷になることだと考えて、ニムロデのこの勧告に熱心に従った。そこで彼らは塔の建設に着手した。……そして、塔は予想よりもはるかに早く建った」

しかし、彼らが本当に大洪水への対策として高い塔の建設を試みたのであれば、それは実に愚かなことだった。なぜなら大洪水の後、神は人類を含める地上のあらゆる生命に対して、二度と大洪水で地を滅ぼさないと誓っていたからだ。

「13 すなわち、わたしは雲の中にわたしの虹を置く。これはわたしと大地の間に立てた契約のしるしとなる。 14 わたしが地の上に雲を湧き起こらせ、雲の中に虹が現れると、15 わたしは、わたしとあなたたちならびにすべての生き物、すべて肉なるものとの間に立てた契約に心を留める。水が洪水となって、肉なるものをすべて滅ぼすことは決してない。」(創世記9:13-15)

虹は神との契約のしるしだった

虹は神との契約のしるしだった

またニムロデと彼に属する群衆は、神を侮り、大洪水の対策さえすれば、神の力に打ち勝てると考えたのかもしれないが、それも愚かな考えであったことは言語の混乱の裁きによって明らかとなった。

結論として、バベルの塔の建設は、神に逆らう傲慢な人間の計画がどのような結末を迎えるのかをはっきりと示すものとなった。それは私たちに、神に逆らう道ではなく、神と共に歩むことの大切さを教訓として与えているのだ。

バベルの塔―その伝説の史実性

史実性の確認方法

バベルの塔の事件―塔の建設と言語の混乱の記録は、歴史的事実なのだろうか?一般的には、神話として語られているこの事件の史実性については、直接的な証拠が無いとしても、その史実性を間接的に示す幾つかの事実を挙げることができる。

旧約聖書の記録によれば、ノアの大洪水の後、方舟はアララト山の付近に留まり、そこから東の方に移動した人々がバビロンで塔の建設を開始した。そしてそこで言語の混乱が起き、人々はそれぞれの部族や言語ごとに、世界中に散っていった。

これらの歴史的背景が事実なのであれば、世界中の民族の言語・宗教・文明の起源は、バビロン周辺の地域に見出されるはずであり、そのことが客観的に示されるならば、バベルの塔の事件やその歴史的背景に関する聖書の記録を史実として捉えるべき理由が明らかになってくる。

世界の言語には共通の起源がある

「さて、全地は一つのことば、一つの話しことばであった。」(創世記11:1)

聖書の記録によれば、バベルで言語の混乱が生じる以前は、人々は一つの言語を用いていたとされる。

今日の世界には、一体どれくらいの言語があるのだろうか?言語の百科事典ともいえる『Ethnologue』によると、現在の世界には6900ぐらいの言語があるといわれている。

これらの言語はさらに、同じ特徴を有する「語族」というグループに分類され、インド・ヨーロッパ語族、アフロ・アジア語族(ヘブル語やアラム語など)、ナイル・サハラ語族、ウラル語族、日本語族、シナ・チベット語族・・・など、合わせて十数種類の語族が挙げられる。

これら諸言語の特徴を調べた上で、世界中の全ての言語が元は一つだったと主張しているのが、言語学者のアイザック・モゼソン博士だ。彼はその著書『言語の起源』の中で、共通の起源となる一つの言語の存在を説明しており、さらにその言語が「ヘブル語」だと主張している。(博士はまたその言語のことを「エデン語」とも呼んでいる)

博士がそのように考える理由の一つとして挙げるのが、ヘブル語と諸言語との間に見られる語根の共通性だ。例えば、ヘブル語で「少年」を意味する言葉は「yeled」だが、英語では「Lad」、アラビア語では「Walid」であり、どれも「l-d」という共通の語根を含んでいることがわかる。

モゼソン博士は、これと似たような事例を23000語にもわたって見出しており、諸言語が元は一つであったと主張する根拠として挙げているのだ。このテーマについてより詳しくは、「言語の起源」で解説をしているので合わせてお読みいただきたい。

アイザック・モゼソン博士と彼の著書|Amazon.com

アイザック・モゼソン博士と彼の著書|Amazon.com

言語の起源はバビロン周辺に見出される

ヘブル人アブラムの故郷はバビロンだった

モゼソン博士は、起源となる言語がヘブライ語だったとしているが、このヘブライ語は明らかに、バベルの塔事件に近い時代から、バビロン周辺で用いられていた言語だと言える。なぜなら、創世記12章から登場するヘブライ人アブラハムは、バビロン周辺地域の「ウル」と呼ばれる都市に住んでいたからだ。

「テラは、息子アブラムと、ハランの息子で自分の孫であるロト、および息子アブラムの妻で自分の嫁であるサライを連れて、カルデアのウルを出発しカナン地方に向かった。」(創世記11:31)
「ひとりの逃亡者が、ヘブル人アブラムのところに来て、そのことを告げた。」(創世記14:13)

インド・ヨーロッパ語族の起源はトルコ

数年前に、英科学誌『ネイチャー』に国際研究チームによる興味深い報告が掲載された。その報告によれば、「英語もヒンディー語も、ロシア語もイタリア語も、みんな起源はトルコ」だという。

同じ特徴を有する諸言語のグループのことを「語族」というが、これら四つの言語は全て「インド・ヨーロッパ語族」に属し、この語族に属する言語は、アイスランドからインドまでの広い地域でおよそ30億人(世界人口の半数近く)によって話されている。

そして、研究チームが疫病流行の追跡用に開発されたコンピューター・モデルを使って言語の進化をさかのぼったところ、インド・ヨーロッパ語族に属する数百もの諸言語の発祥地は、全てトルコに行き着いた。

トルコといえば、それは丁度ノアの方舟が漂着したアララト山の付近と見事に一致しており、バベルの塔が建設された都市とも近い。

民族の移動に関する正確な記録

創世記の10章には、太古の氏族の一覧が記録されている(氏族目録と呼ばれる)。その内容は、ノアの三人の子どもたち(セム・ハム・ヤペテ)の子孫たちを記録し、彼らが定住していった地域と、そこから発展した国々を示している。

また、バベルの最初の支配者がハムの子孫のニムロデであったことについても、この氏族目録の中に記録されている。

「ハムの子孫は、クシュ、エジプト、プト、カナンであった。7 クシュの子孫はセバ、ハビラ、サブタ、ラマ、サブテカであり、ラマの子孫はシェバとデダンであった。8 クシュにはまた、ニムロドが生まれた。ニムロドは地上で最初の勇士となった。9 彼は、主の御前に勇敢な狩人であり、「主の御前に勇敢な狩人ニムロドのようだ」という言い方がある。10 彼の王国の主な町は、バベル、ウルク、アッカドであり、それらはすべてシンアルの地にあった。」(創世記10:6-10)

世界で最も著名な考古学者の一人であるウィリアム・F・オルブライトは、創世記10章の氏族目録を「驚くほど正確な文書」と呼んでおり、古代の諸氏族と国々に関する最も正確な記録であることを明らかにしている。

したがって、創世記10章の記録の正確性は、古代都市バベルが実在したこと、そこを最初に支配したニムロデという人物が実在したことを確かに物語っているのだ。(ヘンリー・M・モリス『科学は聖書を否定するのか』164P、)

世界の神話には共通の起源がある

世界にはたくさんの神話があるが、細かい違いは見られても、どの民族の神話にも一定の共通点がある、というのは、考古学では有名な話だ。

それぞれの神話同士における具体的な共通点とは、(1)世界の起源(はじめは闇があったこと、創造主が世界を造られたこと)、(2)人類の起源、(死の起源)、(3)大洪水、そして(4)バベルの塔、などが挙げられる。

実は、これらの点について、世界中の神話の中で語られている内容は、聖書の創世記の記録とよく似ている。

このように、世界中の神話の間に主要な共通点が見られるという事実を偶然と考えることは難しい。つまり、世界中の民族には、共通の祖先が存在し、ある時を境に世界の各地へ散っていった。その際に、先祖たちから受け継いだ伝承(天地創造やバベルの塔など)を各地へ携えっていった、と考える方のが、最も理に適った説だと言える。

宗教学者カーネル・J・ガルニエは、世界中のすべての民族は「宗教上のさまざまな考えを、共通の源、もしくは共通の中心地から受け継いだに違いない」と述べている。また、ジョージ・ローリントン教授は、諸宗教、諸神話を調べた結果、この「共通の源」が「カルデヤ地方(バベルの塔のあった地方)」に違いない、とも語っている。

宗教の変遷~一神教から多神教へ

進化論に基づく人類学の視点では、ユダヤ・キリスト教などの一神教は、最初期に存在していた多神教が進化したものだと考えられてきた。

つまり原初においては、石や樹木などに宿る精霊を礼拝する「精霊信仰」(アニミズム)などがあり、そこから偶像を含む様々な神々を拝む「多神教」に発展し、それらの神々の中から一つの神だけを拝むゾロアスター教などの「拝一神教」が生まれ、さらにそれが高度な倫理体系と整備された教理を持つユダヤ・キリスト・イスラム教などの「唯一神教」が生まれた、と考えられていたのである。

ところが、20世紀の考古学の発展によって明らかになった真実は、むしろこの仮説と全く逆のものであった。最も初期の移住者が持っていた現宗教では「いと高き神」の存在が認められていたのに、その一神教がほどなくして、多神教、アニミズム、汎神論といった形へと変わっていったという多くの証拠が、中東だけでなく世界中に存在しているのだ。

オクスフォード大学のスティーブン・ラングドン博士は、バビロニアで発見した碑文の研究成果から、世界最古の宗教が何であったかについて言及している。その碑文の内容は、人類最初の宗教が唯一神の信仰であって、そこから急速に偶像崇拝と多神教へ傾いていったことを示していたのだという。(ラングドン著『セム族の神話』)

聖書の創世記の記録は、ノアの家族が持っていた一神教は、時を経てバベルの塔とその都市によって偶像礼拝・多神教へ堕落し、その影響を受けた多くの人々が世界各地へ散っていったことを示している。つまり、バビロニアの碑文を含む近代の考古学の発見は、バベルの塔に関する聖書の記録と見事に一致しているのだ。

バベルの塔の遺跡は発見されている?

ジッグラト(聖塔)

バビロン周辺地域からは、「ジッグラト」と呼ばれる遺跡がたくさん発見されている。以下のブリタニカ百科事典の説明でも言及されているが、創世記11章のバベルの塔は、これらジッグラトの原型(モデル)になったと考えられている。

【ジッグラトZiggrat】
古代メソポタミア,エラムの都市の神殿にある山形の聖塔。高い峰を意味する。階段状のピラミッドが多く,段庭のあるものと,頂上まで螺旋状の階段の続いているものとがある。これはカルデア,バビロニア,アッシリアを通じて存在し,現在ウル,アカル・クフをはじめ三十数ヵ所のジッグラトが発見されている。『創世記』 11章の「バベルの塔」はバビロンにあったジッグラトを描いたもの。(ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典)

エ・テメン・アン・キ

バベルの塔の具体的な候補として挙げられている遺跡の一つが、「エ・テメン・アン・キ」だ。ドイツ人考古学者のロベルト・コルデウェイが、1913年にその土台を発掘した。

この塔は、メソポタミア文明の最古の民族であるシュメール人が建設を開始し、工事が中断していた物を、新バビロニア王国時代にネブカドネザル2世が完成させたものであり、バビロンのマルドゥク神殿(エサギラ)の中心部に築かれていた。現存する遺跡や、バビロンで発見された石碑(BC604年〜562年頃)に刻まれた碑文と絵などの情報から、この塔は、1辺の長さが91メートル、高さは91メートル、合計七段からなる巨大な塔だったことがわかっている。

以下のリンクをクリックすれば、Google Earth で直接遺跡の航空写真を確認することができるが、遺跡の場所には「バベルの塔」という文字が付されている。
エ・テメン・アン・キ

エ・テメン・アン・キ

ボルシッパ

バベルの塔の遺跡としてもう一つ挙げられる候補が、バビロンの中心から16キロほど南西に位置するボルシッパという場所にある遺跡だ。ユダヤ人教のタルムードや、アラブ人の文化においては、ここがバベルの塔の跡地として認識されている。さらにこの遺跡は「ビルス・ニムルド」(ニムロデ村の意味)とも呼ばれており、かつてのバベルの支配者・ニムロデとも関連付けられている。

考古学者たちは、この遺跡におけるバベルの塔の実際的な位置を、マルドゥク神殿のすぐ北の廃墟と考えているようだ。

また、イギリスの考古学者ジョージ・スミスは、古い粘土板の中に次のように記されたものを発見したが、これはまさに、創世記のバベルの塔の出来事を記録したものだと考えられる。

「この高名な塔は、神々を怒らせた。一夜のうちに神々は彼らの建物を覆してしまった。神々は彼らを国外に散らし、言葉を通じなくした」(ヘンリー・H・ハーレイ『聖書ハンドブック』)

ボルシッパ

バビロンの変遷~ニムロデの世界統一の再来

新バビロニア帝国の興亡

創造主への反逆として、世界統一支配を試みたニムロデの野望は、神の裁きである言語の混乱をもって挫折した。その後、バビロン周辺地域では変わらず偶像礼拝が盛んに続けられ、後にその地域はメソポタミア文明として知られるほど繁栄することになる。

そして、紀元前七世紀~六世紀にかけてバビロンは最盛期を迎え、新バビロニア帝国がおよそ七十年にわたって中東全域を支配した。しかし、バビロンの王たちは、かつてのニムロデと同じ過ちを犯し、傲慢になって天の神に逆らい、偶像を拝み続けた。

その結果、BC539年にバビロンはメド・ペルチャ帝国に破られ、その後は徐々に衰退していき、荒廃した場所へと変えられていった。今では遺跡だけが残る荒廃した場所となっている。そして、これらのバビロンの没落と荒廃によって、紀元前8世紀頃に書かれた聖書の預言が成就した。

「わたしは彼らに対して、メディヤ人を奮い立たせる。・・・こうして、王国の誉れ、カルデヤ人の誇らかな栄えであるバビロンは、神がソドム、ゴモラを滅ぼした 時のようになる。そこには永久に住む者もなく、代々にわたり、住みつく者もなく、アラビヤ人も、そこには天幕を張らず、牧者たちも、そこには群れを伏させ ない。」(イザヤ13:17-20)

新バビロニア帝国の栄華と荒廃

反キリスト―ニムロデの再来

しかし現代、かつてのバビロンの歴史から教訓を学ばず、長い時を経て、ニムロデの意志を継ぎ、世界統一支配を目指している人々がいる。彼らはグローバリストと呼ばれ、世界中の名だたる銀行やグローバル企業のトップ等で構成されている。その戦略は、国境を無くし、世界中を一元管理するシステムを確立し、絶対的な権力を持つ世界統一政府をつくることである。(実際、グローバリストの中核を担う一族は、自らをニムロデの子孫だと自称している)

ヨーロッパ連合(EU)の構想は、これらグローバリストによって進められたものだが、そのEU議会の建物がバベルの塔をモチーフにデザインされているのは決して偶然ではないだろう。

ただし、このような世界の流れは、神が聖書を通じて予め預言してきたことでもある。聖書の言葉は、終わりの日に、ニムロデの再来のような一人の人物「反キリスト」が、世界統一支配を成し遂げることを預言しているからだ。つまり、グローバリズムがますます進んでいく世界の動きは、来るべき反キリストの到来への準備段階と見ることができるだろう。

「すると全地はおどろいて獣(反キリスト)に従い、4 獣に権力を授けたとして竜(サタン)を拝み、また獣を拝んでこういった、「だれがこの獣にかなおうか、だれが彼と戦えようか」と。5 そして彼に豪語とけがしをいう口が与えられ、四十二か月間、行動する権威が与えられた。・・・7 また、聖徒たちと戦いをして、彼らに勝つことを許された。そして彼にすべての族と民族と国語と国民への権力が与えられた。8 地に住むものは皆彼を拝もう。」(黙示録13:3-8)

聖書の預言によれば、彼は一時的(三年半)に世界を支配することを許されるが、その結末はかつてのバベルの塔と同じようなものとなり、その反逆の罪を神から裁かれることとなる。彼は地上に再臨するキリストの前に完全に敗北し、滅ぼされることになるのだ。

19 わたしはまた、あの獣(反キリスト)と、地上の王たちとその軍勢とが、馬に乗っている方(キリスト)とその軍勢に対して戦うために、集まっているのを見た。20 しかし、獣は捕らえられ、また、獣の前でしるしを行った偽預言者も、一緒に捕らえられた。このしるしによって、獣の刻印を受けた者や、獣の像を拝んでいた者どもは、惑わされていたのであった。獣と偽預言者の両者は、生きたまま硫黄の燃えている火の池に投げ込まれた。」(黙示録19:19-20―新共同訳)

そして、再来するキリストは、地上の全ての国々と民族を支配するようになり、その王国が永遠に続くこととなる。また彼の支配は、正義と公正と真実によるものとなり、地上はかつてない平和と繁栄の時代を経験するようになるだろう。

「11・・そのとき、その獣は殺され、からだはそこなわれて、燃える火に投げ込まれるのを見た。・・・13 私がまた、夜の幻を見ていると、見よ、人の子のような方(キリスト)が天の雲に乗って来られ、年を経た方のもとに進み、その前に導かれた。14 この方に、主権と光栄と国が与えられ、諸民、諸国、諸国語の者たちがことごとく、彼に仕えることになった。その主権は永遠の主権で、過ぎ去ることがなく、その国は滅びることがない。」(ダニエル7:11-13)

結論―バベルの塔の教訓とは

これまでに見てきた通り、バベルの塔に関する伝説は、単なる神話として見るべきではない。考古学的な数多くの証拠は、バベルの塔に関連する聖書の記録が、歴史的事実であったことを雄弁に物語っているからだ。

さらに私たちは今日の世界において、かつてのバベルと同じような情景を目にしてはいないだろうか?世界中の大都市では、バベルの塔さながらの高い塔が建てられ、それらの多くはその高さを競い合っている。人々は郊外郊外を離れ、どんどん都市に集中している。散らばった言語の壁は、翻訳機能の精度の向上によって薄れてきている。世界の国家・民族間の壁はグローバリズムによって無くなりつつある。そして、これらの流れの根底にある精神は、多くの場合「ヒューマニズム」であり、かつてのバベルの人々と何ら変わるところは無い。

さらに私たちは、かつてニムロデが抱いた世界統一の野望を受け継ぎ、自分たちを神の地位に高めようとする人々の姿を目の当たりにしている。

それゆえ、バベルの塔の出来事を、単に遠い昔に終わった事件として見ることはできない。今日の世界の歴史は、バベルで起きた反逆と言語の混乱の裁きの上に成り立っているからだ。さらに、現代の世界の状態は、かつて神の裁きを受けたバベルの都市の状態と、非常によく似ているからだ。

しかし、聖書を読んで神の言葉に耳を傾ける者たちは、歴史から大切な教訓を学び、その結末を悟ることができるだろう。すなわち、バビロンは必ず倒れ、神の御国は永遠に続くという結末だ。この預言とその約束は、聖書の中で繰返し語られてきた神の不変の計画であるため、絶対に変わることはない。

一方、私たち各人の運命は、バベルの塔の事件から教訓を学ぶかどうかにかかっている。ニムロデと彼に従った人々は、万物の創造者である神に逆らい、自分たちの人生から神の存在を排除した。私たちの命とその全ての道が神の手に握られているという真実を無視し、神を必要の無いものと考えたのだ。

「あなたは、見ることも、聞くことも、知ることもできない銀、金、青銅、鉄、木、石の神々を賛美しましたが、あなたの息と、あなたのすべての道をその手に握っておられる神をほめたたえませんでした。」(ダニエル5:23―バビロンの王に対する預言者ダニエルの宣告)

彼らと同じ道を歩まないためにも、私たちにできること―それは、創造主である神に生かされていることを日々感謝し、慎みをもって神と共に歩むことではないだろうか?

主よ。われらの神よ。あなたは、栄光と誉れと力とを受けるにふさわしい方です。あなたは万物を創造し、あなたのみこころゆえに、万物は存在し、また創造されたのですから。」(黙示録4:11

主はあなたに告げられた。人よ。何が良いことなのか。主は何をあなたに求めておられるのか。それは、ただ公義を行ない、誠実を愛し、へりくだってあなたの神とともに歩むことではないか。」(ミカ6:8

 

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