聖書・イエス VS スピリチュアリズム・霊媒の啓示~どちらが真理か?
聖書とスピリチュアルの啓示の間には、共通点がある。
共通点1:両者とも、哲学ではなく、啓示宗教である。
哲学とは、人間の考えた教えであるのに対して、啓示とは人間を超越した霊的な存在からの教えを意味する。
聖書の教えは、唯一の神・ヤハウェによって、ユダヤ人の預言者たちを通して与えられてきた啓示の集合体だ。一方、スピリチュアリズムは、霊媒・霊能者を通して、死者の霊や天使など、何らかの霊によって与えられた啓示を指している。このように、両者の間には、啓示宗教としての共通点がある。
共通点2:死後の世界の実在を教えている。
聖書・スピリチュアリズムのどちらの啓示においても、死後の世界~天国と地獄の実在を教えている。天国は、神に属する素晴らしい場所であり、地獄は、地上では考えられない程の苦しい場所だ。
共通点3:人を愛することの大切さを教えている。
聖書の教えで最も重要なものは、神と隣人を愛することだ。スピリチュアリズムにおいても、隣人愛の大切さがしっかりと教えられる傾向がある。
共通点4:イエスが偉大な人物であることを教えている。
聖書は、イエスが預言者たちの中で、最も偉大な存在だと教えている。スピリチュアリズムにおいても、イエスは偉大な霊的指導者であることが認められる傾向がある。
聖書とスピリチュアルの啓示の間には、明確な違いがある。
イエス・キリストが神なのかどうか
聖書は、神の人類救済計画において、イエスが救い主・神の子として際立った役割を果たすことを明確に証言している。またイエスは、万物の創造者であり、唯一の神なのだ。
ところが、霊媒を通して何らかの霊から与えられる啓示では、一貫して、イエスは偉大な人物ではあったかもしれないが、神や神の子ではないとされている。
つまり、聖書がイエスを絶対的な存在として啓示しているのに対して、スピリチュアリズムでは、イエスは相対的な存在として啓示されるのだ。
イエスの十字架が、人類の罪の贖いなのかどうか
聖書によれば、人類の諸問題の主な原因の一つは、人間の罪だ。だからこそ、罪の無い神の独り子であるイエスが、十字架で罪の身代わりを遂げる必要があった。つまり、人類の救済は、イエスの十字架を通してなされる、これが聖書の啓示の教えだ。
一方、スピリチュアリズムでは、イエスの死は、罪の贖いではないとされる。それに伴って、人間の諸問題の原因は、それぞれの人間の行いであり、どの神に信仰を持つかではなく、どれだけ良い行いをしたか、どれだけ悪い行いをしたかどうかで、死後に行く場所が決まる。この教えでは、贖いは必要とならないのだ。
聖書に誤りがあるかどうか
「聖書全体は神の言葉であり、そこには誤りは無い。」これが、イエスが明確に言及した教えであり、弟子たちにも継承されてきた伝承だ。
一方、霊媒を通した霊からの啓示では、一貫して、聖書には誤りがあるとされる。たとえば、シルバーバーチでは、聖書には多くの神話が含まれるとし、処女降誕などは、事実ではないとされる。
死後の世界の永遠性と輪廻転生
聖書の教えでは、人間は一度死ぬことと、死んだ後に裁きを受けることが定まっている。今の時代においては、天国に行くかどうかは、地上生涯でイエスの十字架を受け入れたかどうかにかかっており、死後の世界で、再び悔い改めるチャンスが与えられることはない。
天国・地獄、どちらに行くにしても、その場所は永遠となるのだ。
一方、スピリチュアリズムでは、人間は輪廻転生によって、この世とあの世とを行き来する存在であり、地上生涯の行いが悪くて地獄に行ったとしても、そこで悔い改めれば再びチャンスが与えられ、地上生涯を送る機会を得ることができる、と教えられる。
霊的オレオレ詐欺を見破る方法~神だけが知る情報を確認する
どちらかが嘘を付いていることは明白である
これまでに考えてきたように、聖書の啓示と、スピリチュアルの啓示の間には、相容れることの無い重大な違いが存在する。したがって、どちらかの霊が、嘘をついて、人間を騙していると結論することができる。しかし、彼らより次元の低い私たち人間が、その嘘をどのように見破れば良いのだろうか?
オレオレ詐欺を見破る時は、どうすれば良いのか?
どちらかの霊が嘘を付いている、ということは、現実的には、人類は壮大な「霊的オレオレ詐欺」に遭っているのだ。
もしも、息子のフリをしたオレオレ詐欺の電話がかかってきたら、どのように見破ったら良いのだろうか?その答えは「息子でなければわからない情報を確認する」ということに尽きる。
実は、この方法は、霊的オレオレ詐欺を見破る時にも有効だ。霊的オレオレ詐欺では、それぞれの霊が「オレが真理だ」と叫んでいる。そこで私たち人間は、「真の神でなければ決して知り得ない情報を、その霊が持っているかどうか」を確認する必要がある。
では、神でなければ知り得ない情報とは一体何だろうか?
真の神であれば、遠い未来に関わる預言を、完全に成就することができる。
近い将来に起きそうなことを、ある程度の確率で預言することは、どの霊でもできる。しかし、遠い未来に関わる預言を、100%の確率で成就させることは、絶対的な唯一神、全知全能の神でなければ不可能だ。
なぜなら、もしある霊が預言によって何かの宣言をしたとしても、その霊よりも強い霊が存在すれば、簡単に邪魔されてしまうからだ。つまり、確実に成就する預言を語ることができるのは、上位の霊が一切存在しない、全能の唯一の神だけなのだ。
そして、このテストに合格できる霊は、聖書に啓示を与えている、神ヤハウェの霊のみだ。たとえば、ヤハウェは数千年前から、救い主の到来に関する膨大な預言を語ってきたが、それらの預言は、イエス・キリストによって、ことごとく成就した。つまり、その預言の成就をもって、イエスが真理を有する持つ神の子であることが証明され、また預言を成就する神の全能性が証明されたのだ。
では、スピリチュアリズムの世界で霊媒を通して語ってくる様々な霊は、一体何なのだろうか?聖書には、次のように書いてある。
「4:1 愛する者たち。霊だからといって、みな信じてはいけません。それらの霊が神からのものかどうかを、ためしなさい。なぜなら、にせ預言者がたくさん世に出て来たからです。 2 人となって来たイエス・キリストを告白する霊はみな、神からのものです。それによって神からの霊を知りなさい。3 イエスを告白しない霊はどれ一つとして神から出たものではありません。それは反キリストの霊です。あなたがたはそれが来ることを聞いていたのですが、今それが世に来ているのです。」(第一ヨハネ4:1-3)
イエスがキリスト(救い主)であることを認めない霊は、全て反キリストの霊・つまり悪霊なのだ。霊だからと言って、なんでも信じてはならない。むしろそれらの霊が、神からのものなのかどうか、よく吟味しなければならないのだ。
「あなたのうちに自分の息子、娘に火の中を通らせる者があってはならない。占いをする者、卜者(魔術)、まじない師、呪術者、11 呪文を唱える者、霊媒をする者、口寄せ、死人に伺いを立てる者があってはならない。12 これらのことを行なう者はみな、主が忌みきらわれるからである。」(申命記18:10-12)
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