23. 二つの家―岩の上と砂の上に建てる賢い人と愚かな人|山上の説教

23. 二つの家―岩の上と砂の上に建てる賢い人と愚かな人|山上の説教

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二つの家―岩の上と砂の上(マタイ7:24-29)

24 だから、わたしのこれらのことばを聞いてそれを行なう者はみな、岩の上に自分の家を建てた賢い人に比べることができます。25 雨が降って洪水が押し寄せ、風が吹いてその家に打ちつけたが、それでも倒れませんでした。岩の上に建てられていたからです。

26 また、わたしのこれらのことばを聞いてそれを行なわない者はみな、砂の上に自分の家を建てた愚かな人に比べることができます。27 雨が降って洪水が押し寄せ、風が吹いてその家に打ちつけると、倒れてしまいました。しかもそれはひどい倒れ方でした。」 28 イエスがこれらのことばを語り終えられると、群衆はその教えに驚いた。29 というのは、イエスが、律法学者たちのようにではなく、権威ある者のように教えられたからである。

イエスは、山上の説教の結論として、岩の上と砂の上に家を建てる人たちの対比を引き合いに出し、それまでに語られた一連のメッセージを聞いて「行う人」と「行わない人」が、どのような結末となるのかをはっきりと示した。

岩の上に自分の家を建てた賢い人

24 だから、わたしのこれらのことばを聞いてそれを行なう者はみな、岩の上に自分の家を建てた賢い人に比べることができます。25 雨が降って洪水が押し寄せ、風が吹いてその家に打ちつけたが、それでも倒れませんでした。岩の上に建てられていたからです。

日本人は地震が多い国に住んでいるため、建物の安全性が生死を分けることをよく知っている。そして、建物の土台は、建物の安全性に根本的に関わるものであるため、その土台としてどんなものを選ぶかは極めて重要な選択となる。

「岩」は強固な土台を表し、その土台の上に建てられる家は、地震や嵐が来ても倒壊することはない。それと同じように、キリストの教え・神の言葉という強固な土台の上に人生を建てる人は、大きな地震や嵐のような試練が来ても、倒れることはない。なぜなら、その人の人生という家は、全能の神によって支えられており、主がその人の力となるからだ。

砂の上に自分の家を建てた愚かな人

26 また、わたしのこれらのことばを聞いてそれを行なわない者はみな、砂の上に自分の家を建てた愚かな人に比べることができます。27 雨が降って洪水が押し寄せ、風が吹いてその家に打ちつけると、倒れてしまいました。しかもそれはひどい倒れ方でした。」 28 イエスがこれらのことばを語り終えられると、群衆はその教えに驚いた。29 というのは、イエスが、律法学者たちのようにではなく、権威ある者のように教えられたからである。

イスラエルに住むユダヤ人にとって、「砂の上」が意味するものとはワジ「水なし川」のことだ。ワジは、乾季には水の流れていない平坦な地となるため、そこに家を建てるのは容易なことだ。しかし、雨季になると、そこは鉄砲水に見舞われる危険な場所となる。そのような柔らかい土台、危険な場所の上に建てられる家は、嵐や洪水が来ると簡単に倒壊することになる。

それと同じように、キリストという岩(*[i])の上ではなく、砂のような不確かな土台の上に人生を建てる人は、嵐のような試練が来た時に、簡単に倒れてしまうのだ。

山上の垂訓の結論

あなたは、どんな土台の上に、自分の人生という家を建てているだろうか?多くの人々は、自分の地位や名声、お金、能力、欲望、周りの人間などに、自分の人生の土台を据えようとするが、それらはどれも「砂」であり、不確かで一時的なものに過ぎない。

しかし、永遠・不変の存在である神の子の上に自分の人生を建てる人は決して倒れることがない。なぜなら、その人が土台としているキリストは、永遠に強固な救いの岩だからだ。そして、イエスの言葉、つまり神の言葉は、単に聞いて終わらせるために人に語られたものではない。それは、人が聞いて「行う」ことによって、祝福の道を歩み、永遠の命を受け継ぐためだ。

この記事を読む全ての読者が、岩の上に家を建てる賢い人となれますように。

「1 幸いなことよ。悪者のはかりごとに歩まず、罪人の道に立たず、あざける者の座に着かなかった、その人。 2 まことに、その人は主のおしえを喜びとし、昼も夜もそのおしえを口ずさむ。 3 その人は、水路のそばに植わった木のようだ。時が来ると実がなり、その葉は枯れない。その人は、何をしても栄える。 4 悪者は、それとは違い、まさしく、風が吹き飛ばすもみがらのようだ。 5 それゆえ、悪者は、さばきの中に立ちおおせず、罪人は、正しい者のつどいに立てない。 6 まことに、主は、正しい者の道を知っておられる。しかし、悪者の道は滅びうせる。」(詩篇1:1-6)

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[i] 聖書では、神やキリストは、度々「岩」として象徴的に表現されている。(イザヤ8:14、26:4)

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