14. 善行について―断食は人に見られないように|山上の垂訓の解説

断食は人に見られないように行う|山上の垂訓の解説(13)

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「断食するときには、偽善者たちのようにやつれた顔つきをしてはいけません。彼らは、断食していることが人に見えるようにと、その顔をやつす(見苦しくする)のです。まことに、あなたがたに告げます。彼らはすでに自分の報いを受け取っているのです。
17 しかし、あなたが断食するときには、自分の頭に油を塗り、顔を洗いなさい。18 それは、断食していることが、人には見られないで、隠れた所におられるあなたの父に見られるためです。そうすれば、隠れた所で見ておられるあなたの父が報いてくださいます。」(マタイ6:16-18)

断食とは何か?

紀元一世紀の時代、パリサイ人が特に好んで行っていた三つの善行は、施し、祈り、断食だった。これまでに、施しと祈りについて詳しく取り上げたが、今回は、その最後の善行である「断食」について解説する。

断食とは、限られた期間,一切の食物を断つことを意味している。昨今の日本では、「ファスティング」という呼び方で、健康目的で行われることが多いが、聖書の歴史の中で行われてきた断食の目的は、主に以下の三つがあった。

  1. 過去の罪に関して敬虔な悲しみと悔い改めを表わすため(サム一 7:6)
  2. 大きな危険に面した時,神の導きを切実に必要とするため(代二 20:3)
  3. 研究したり黙想したり,神の目的に注意を集中したりするため。(マタ 4:1-2)

パリサイ人の断食方法

当時のパリサイ人は、週に二回の断食を習慣として行っていた。(ルカ18:12)しかし彼らは、断食の際、あえてその顔を見苦しくして、善行を行っていることが、周りの人々にわかるようにした。

「彼らは、断食していることが人に見えるようにと、その顔をやつす(見苦しくする)のです」

彼らの断食の動機は、神に対する誠実なものではなく、人から賞賛を受けるための偽善的なものだったのだ。

イエスが教える断食方法

「あなたが断食するときには、自分の頭に油を塗り、顔を洗いなさい。」

そこでメシアであるイエスは、断食という善行が、人に対してではなく、ただ神に対して誠実になされるように、あえて断食をしていることが、周りの人からわからないように、健やかな表情を保つように教えた。

そのようにすれば、人からの賞賛を受けることなく、隠れたところから見ておられる、神からの報いを得ることができるからだ。

聖書が教える断食について

神の啓示が進展し、新しい契約の時代となった現代においては、断食をすることは、神からの明確な命令とはなっていない。(新約聖書の中には、断食を行うようにという命令が一つも無い)

とはいえ、聖書の歴史の中で、断食が善行の一つとして重要視されてきたように、断食は良いものであることに変わりは無い。

例えば、イエス・キリストは、公生涯を始めるにあたり、聖霊に導かれて、40日間の断食をしている。(マタイ4章)

また、アンテオケ教会が行った世界宣教は、最初は断食と祈りから始まった。(使徒13:2~3)

またパウロの一行は、宣教旅行の中で、新しく誕生した教会を、新たに任命した長老たちと共に神に委ねる際、断食をして祈りを捧げた。(使徒14:23)

今日においても、悔い改めの時、試練の時、神の目的に集中する時などに、断食を実行することは良いことであり、神に喜ばれる行いとなるだろう。

※なお、断食を実行する際は、正しい方法について、事前に確認をする必要がある。

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